小津安二郎が生まれた町

誕生の地の看板

もう何年も前のこと、東京・深川を走っていていたとき、こんな看板と出会った。

あの「東京物語」をはじめ数々の名作を監督した、小津安二郎の誕生の地を案内するものだった。

その時は、この写真を撮ったまま通り過ぎたのだったが、最近、深川を走っていて小津安二郎の足跡を紹介する施設に出会ったので紹介したいと思う。

小津の誕生地

小津安二郎誕生の地は、現在の「江東区深川1-8-8。

看板が立っているのは、門前仲町の交差点を北上し、清澄通りをしばらくいったあたり。

生家は肥料問屋で、伊勢商人として手広く商売をしていた名家・「小津三家」の一族だという。
看板のある所からしばらく北上すると、「奥の細道」ゆかりの場所がある。

奥の細道 出立の地

芭蕉の「奥の細道」旅立ちの地として知られる「採荼庵(さいとあん)」があった場所だ。

採荼庵とは、芭蕉一門の杉山杉風(すぎやまさんぷう)の別邸の名前、隅田川と結ぶ運河であった仙台掘川に面したこの付近にあったとされる。

杉山杉風の家業は幕府御用の魚問屋で、この地にあった別邸は間口27m,奥行きが36mもあったというが、今は仙台掘川のたもとに小さな小屋と芭蕉像があるだけだ。

芭蕉は元禄2年、ここから船に乗り、隅田川に出て千住に向かい、「奥の細道」へと旅立った。

以前紹介した小名木川をはじめ深川には運河が多く、江戸は水運で支えられた都市であったことがよくわかる。

余談になるが、ネット上で調べていたら「女優の山口智子さんは杉風の子孫にあたる」と書かれていた。(「俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡」)

世界の小津

小津はこの地に1903年(明治36)12月12日に誕生、1963年(昭和38)12月12日、つまりちょうど誕生日の日に60年の生涯を閉じている。

小津少年は10歳の頃松坂に移り、中学に進む。

しかし上級学校に合格することができず代用教員をしていたが、1年でやめて上京。

19歳の夏、松竹蒲田撮影所に撮影助手として入社し、映画人としての人生を歩むことになる。

叔父が鎌田撮影所の地所を松竹に貸していたという縁があったのだという。

古市場文化センター

小津は24歳で監督に昇進後、東京物語をはじめ数々の名作を世に送り、亡くなる前年の1962年(昭和37)には映画人として初めて芸術院会員となっている。

ローポジションからの撮影、カメラの固定、小道具類も吟味して一級品を使う・・・等々「小津調」と言われる映像の世界を作り上げ、

世界の映画人にも多くの影響を与え、今日でも世界最高の映像作家として高く評価されている。

私が、つい最近訪ねたのは、この地図で富岡八幡宮の下方に書かれた「古石場文化センター」。

内部に「小津安二郎コーナー」があるというので入ってみた。

原節子

彼の足跡や様々なエピソードが紹介されていたが、著作権の都合上、カメラで撮影することはしなかった。

展示の中で印象的だったのは、なんといっても

小津作品に欠かせない女優・原節子(1920年6月17日~2015年9月5日)の写真や様々なエピソード。

原節子は、2000年、キネマ旬報で行われた「20世紀の映画スター女優編」で日本女優の第一位に選ばれている。

小津安二郎、原節子  ともに生涯独身であった。

展示の中には

「周辺では、二人の仲を取り持とうとしたが、それが実を結ぶことはなかった」というものもあった。

あれだけ自作のヒロインに抜擢した小津が、原を憎からず思っていたことは想像できるし、周囲が気をもんだこともわかる。

しかし二人は互いに独身で生涯を終える。

原節子が亡くなったのは2015年、95歳だった。

そしてその原節子が、女優として活躍することをやめ、一切の公の場所から姿を消したのは、1963年。まだ43歳の時だった。

1963年は、小津安二郎が60歳で亡くなった年だ。

それからの52年間、原節子は世間にその姿を現すことは一切なかった。

まさに「生きながら伝説の女優となった」のだった。

二人の間に、いったいどんなストーリーがあったのか、それともなかったのか?

大人の恋物語があったような、気もするが。

このブログを書くのに原節子の出演作品を調べていたら、 

1955年(昭和30)の作品に「ノンちゃん雲に乗る」があった。主演の鰐淵春子さんのお母さんの役だった。

小学校の講堂で見た記憶があるのだが、覚えているのは鰐淵春子がかわいかったことだけで、原節子がお母さん役で出ていたのは全く記憶になかった。

団塊の世代にとっては、そんな印象を持っている人も多いことだろう。

小津橋

古石場文化センターを出て、裏手にある「古石場川親水公園」を歩く。

古石場という地名は、江戸城築城に際し、石置き場として使われたところに由来するという。

そして出会ったのは「小津橋」。

松坂出身の商家であった「小津の生家」とゆかりの深い橋という。

江戸時代から続く「深川」の古い歴史と、改めて出会った気がした。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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