東京が寒くなった?


武道館を望む

皇居の清水門近くから、お濠越しに武道館が見える。

斜面には木々が見える。
葉を豊かにつけた姿も美しいが、すべてを脱ぎ去った冬姿もまた美しい。

北の丸公園の地図

清水門から皇居・北の丸公園に入り、目指すは、東京管区気象台の気象観測露場。

東京の気象データを観測する場所、「きょうの東京の最高気温は○○度でした」と発表される数値は、そこで観測されている。

すこし前、大手町から引っ越ししてきたことをニュースで見て、その現場に行ってみたいと思っていた。

吉田茂の銅像

吉田茂の銅像の周辺で、小学生たちがお弁当を広げ楽しそう。

遠足だろうか、芝生は冬の色だが、日差しがあると暖かい。

気象観測露場

子供たちがいた場所からすぐ先に、東京管区気象台の観測露場はあった。

1メートル余り土を盛り上げ、上部を平らにならしてある。

斜面を見ると、若者が昼寝をしている。

観測機器

近寄ってみると観測機器が見えた。

左から 
感雨器、
積雪計(レーザ式)、
通風筒・電気式温度計・湿度計、
ます型雨量計 。

感雨器とは、降水の有無を観測するもの。

ここでは気温、湿度、降水量、積雪深、気圧などを観測しているという。

この時の気温は「10度1分」だった。

東京の気温を計る観測露場がここに移転したのは、去年の12月2日。

それまでの大手町・気象庁構内での観測は、昭和39年の東京オリンピックの時に始まったから、移転はちょうど50年ぶりになる。

大手町は、ここから近いとはいえ、周囲はビルが立ち並んでいる。

ここは自然豊かで、大手町とはずいぶん環境が違うなと実感する。

気象庁

北の丸公園を出て、これまでの観測露場があった大手町に向かった。

直線にして900mの距離だという。

画面、正面左側のグレーのビルが気象庁。

実は近く、虎ノ門近くの鞆絵小学校の跡地に移転する計画がある。

今回の観測露場の移転は、その移転計画に伴うものだ。

鞆絵小学校は、公立小学校としては日本で一番古い歴史を持ち、アインシュタインが来日の際訪問したことは、以前このブログでもご紹介した。

気象庁構内の露場

気象庁の建物の北隣に、これまでの観測露場があった。

この場所と、北の丸公園では、いったいどの程度、気温などの気象データが違うのか。

正式に移転する前、3年余りにわたって両地点を比較したところ、

最高気温はほとんど変わらないが、最低気温は年間で1.4度低いという結果になったという。

例えば、平成25年度の熱帯夜(最低気温が25度以上)は 、
大手町で39日、これに対して北の丸は22日。つまり、寝苦しい夜は北の丸の方が少ないということだ。

さらに、冬日(最低気温が氷点下)は
大手町が6日、北の丸は21日ということだから、ずいぶん違う。

確かに、私が子供の頃は、今より頻繁に氷が張っているのを見た記憶がある。

つまり、氷点下の寒い朝が、今よりももっと多かった感じがしていた。

子供の頃は、まだ都市化がそれほど進んでいなかった。
ちょうど今の北の丸のような自然環境の中で暮らしていたから、今より冬が寒かったのかなと思う。

生物季節観測の木々

観測露場の近くに、かつて「生物季節観測」の標本木の役目を果たしていた樹木が残っていた。

左はソメイヨシノ。かつて、東京のサクラの開花は、この樹を手掛かりに発表されていた。

現在は、靖国神社にある桜が標本木になっている。

右側の木は、イロハモミジ、秋の生物季節の指標の一つだ。

経団連のビル

この先を少し進むと、高層ビルが目に入ってきた。

経団連ビルだ。

都心も、一刻も止まることなく、日々、都市化を深めていっている。

北の丸公園は「昔の東京」の気候を残す、数少ない場所なのだろう。


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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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