二都の紅葉で出会った歴史①国会前


日比谷公園松本楼前

今年の紅葉もほぼ終わり、季節は完全に冬の装いと変わった。

今年は2か所で紅葉の写真を見る機会があったが、その際に出会った歴史のあとをご紹介したい。

この日は、皇居・竹橋の近くにある国立公文書館と、憲政記念館で開かれていた特別展を見に出かけた。

途中日比谷公園まで来ると、松本楼の横のイチョウも黄葉となって葉を落とし、まさに黄色の絨毯のよう。

雲形池

その先の雲形池まで足を伸ばすと、カエデが鮮やかに赤く色づいていた。

アマチュアカメラマンもたくさんいて、盛んにシャッターを切っていたが、

その中の1人は私に、こんなふうに話しかけてきた。

『こんな身近なところに、こんなに美しい紅葉があるのですねえ』と。

鶴の噴水

この噴水は、冬の寒い日には噴き上げる水が凍りつくので知られているが、

この日は、紅葉に囲まれてとても華やかに見えた。

国会前のイチョウ並木

日比谷公園から、国会近くにある「憲政記念館」へと向かった。

国会近くまで来ると、イチョウ並木が目に入ってくる。

このあたりは都会の喧騒もなく、人影も少ない。

自然が豊かで、こんなに素晴らしい季節の風景があることを知らない人も多いことだろう。

憲政記念館で『明治に活きた英傑たち』と題した特別展を見る。

国会記事堂内の中央広間に、憲政功労者として銅像が飾られている伊藤博文、大隈重信、板垣退助の3人の足跡を中心に立憲政治の歩みを紹介したものだ。

憲政記念館では、こうした企画展を時折開いていて、歴史好きにはとても面白い。

井伊家の屋敷跡

憲政記念館を出て、皇居・桜田門の方へ下る道を走っていると、こんな説明が書かれた案内と出会った。

幕末、尊皇攘夷派の武士に桜田門外で暗殺された井伊直弼の屋敷がここにあったと書いてある。

井伊家がこの地を拝領する前は、加藤清正の屋敷があったそうだが、加藤家は清正の次の代に改易となり、肥後の領地を没収されている。


広重も描いていた

歌川広重が描いた浮世絵も、説明の中で紹介されていた。

説明の後ろに見える井戸跡は、江戸の名水として知られた「桜の井」。

清正が掘ったと伝えられていて、現在は道路になっているところにあったものを、今の場所に移設したのだそうだ。

江戸城を訪れる通行人に水を提供し、重宝がられたと書いてある。

因みに明治神宮内にも、清正が掘ったといわれる井戸があり、人気のパワースポットとなっている。

築城の名手・清正が築いた熊本城の地下には通路があり、昔その一部を歩いてみたことがある。

入り口はふさがれていて、一部の人しか知らない場所にあった。

敵に襲われた際に脱出に使うためと聞いたことがあるが、暗くて長くて怖いため、その真偽を確かめることは出来なかった。

清正は城郭づくりだけでなく、高度な土木技術を持っていて、井戸掘りも得意だったのかもしれない。

そして、浮世絵に戻ると、

井戸の前方、画面左手に桜田門が描かれている。

井伊直弼は、安政7年(1860)3月3日の暗殺されたその日も、この井戸のわきから江戸城に向かったという。

桜田門を望む

井伊邸のあった場所から桜田門を写してみた。

最近、一部改修してきれいになった桜田門がすぐ目の前に見えた。

今、通りには車が途切れることなく連なっている。

しかし、こうして歴史の現場に、当時と同じ距離感で立ってみると、過去の歴史の世界にわずかながら近づけたような感じがする。

歴史上の出来事が実際に起きたのだと思えてくると、「歴史上の人物も同じ人間だ」と親しみを感じるようになる。

歴史の跡を訪ねる楽しみは、そんなところにある。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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