今日のジョグは老舗めぐり

帝国データバンクが老舗企業についてまとめたデータが面白い。(東京新聞2011.9.14 夕刊)
それによると、明治末までに設立された創業99年以上の企業の数は、東京都内に2328社。
都道府県別では一番多い。

そこで、この日のジョグは老舗を巡るコースにした。

神明栄太楼
まず向かったのは、芝大門にある「芝神明栄太楼」。創業明治18年。
この店の「江の嶋」という最中の命名者は、前日ブログで紹介した尾崎紅葉で、この日除け暖簾の文字も紅葉によるという。

「江の嶋 紅葉山人」と書いてあるようだ。

太郎の字
そしてこちらの字は、先代と親交のあった岡本太郎のものだという。確かに岡本太郎の特徴が見える。

そして、今度は築地に向かう。
都内で最も古い老舗があるのだ。

塩瀬
聖路加タワーは、この画面ですぐ右隣り。
画面左のレンガ色のビルがその老舗だ。
前の道を20メートルも進むと、その先は隅田川だ。

隅田川の近く
佃大橋の築地側のたもとに近く、この辺りは、昼間でも人通りはあまりない。

塩瀬ビル
「塩瀬総本家」。創業は1349年。

年表を見ると、「1338年、足利尊氏 征夷大将軍になる」
「1350年 徒然草の吉田兼好没」というのがあるので、いわゆる南北朝の時代になる。

ホームページによると、中国に禅の修行に行った僧が帰国した際、俗弟子の中国人が一緒に日本に来て、饅頭を作って売りだしたのがそもそもの始まりだという。

徳川幕府の開府と同じくして江戸で商売をはじめ、家康とのエピソードが残る「本饅頭(別名 兜饅頭)」が今に伝わるということで食べてみたかったが、ジョギング姿で店内に入るのがはばかられ、パスしてしまった。次の機会に食してみよう。

HPを見るとデパートなどに手広く出店しているので、こちらは多数の出城を抱える本丸といった感じ。
人通りが少なくとも、心配はないようだ。

その足で、今度は日本橋へ向かう。
東京で3番目に古い老舗が目的だ。

銀座通りを日本橋に向かって走ると、さすがにそのほかの老舗も目に入る。
山本山
お茶と海苔の「山本山」だ。
創業・元禄3年(1690年)というのは、忠臣蔵の討ち入りの12年前になる。

玉露茶を発明したのはこちらの6代目で、天保6年(1835)のことだとHPに載っていた。
玉露の始まりが、それほど古い時代ではなかったので意外な感じがした。

そして日本橋の手前に、目指す老舗が見えてきた。

西川
「西川」。
布団や寝具を扱う老舗だ。

日よけにも

創業は1566年。
年表には、「桶狭間の戦いが1560年」、「1566年家康・徳川氏を称す」、というのがある。

近江商人の出で、1615年には江戸日本橋通り1丁目に支店を出している。
江戸時代には蚊帳で財を成したとのことだ。

栄太楼本舗

日本橋を渡らずに、家に帰ろうと手前を左に折れると、そこに「栄太楼本舗」があった。
冒頭紹介した「芝神明栄太楼」に、のれん分けした店だ。
創業は安政4年と書いてある。1857年だと、この付近ではそれほど古いとは言えないかもしれない。

HPによると「栄太楼飴の味と姿は、江戸時代から変わりません」と書いてある。

この辺りは老舗が、まだまだたくさんある。

またいつか、紹介できるかもしれない。

なお、東京で2番目に古い老舗は、赤坂にある「とらや」だが、この日のコースには入っていない。
「とらや」のHPには、「明治維新とともに東京にも店を出し、京都と東京の2店体制で現在に至る」と書いてあった。
とらや
別の日に撮った写真を紹介する。
「とらや」のあるのは、赤坂警察署の隣、東宮御所のすぐ前だ。皇室御用を意識した立地であることがうかがえる。

この日の走行距離は全部で12.5キロだった。

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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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