永代橋、桜、佐久間象山

永代橋ぎわの桜満開

今年も、いよいよ桜(ソメイヨシノ)が咲き始めた。

今月18日には、トップを切って高知で開花、九州でも大分(3月22日の予想)以外の県庁所在地では20日までに開花の発表があった。

東京の開花予想は、ウェザーマップが3月25日、日本気象協会は3月28日だから、もう間もなくだ。

この桜は、隅田川にかかる永代橋の江東区側の橋ぎわにあるもの。

3月17日に撮影した時、すでに満開になっていた。

この桜の品種は分からないが、ソメイヨシノではなさそうだ。

ソメイヨシノは挿し木でしか増やすことができないから、遺伝子情報は全て同じものを持つ。

だから、それぞれの風土の中では、ほぼ一斉に開花の時期を迎えることになり、その華やかさと儚さは、どの花にも負けない。

中央区側

こちらは、中央区側の橋のたもと。

こちらの桜もほぼ満開で、昼休みのサラリーマンたちが盛んにカメラのシャッターを押していた。

桜並木はまだ

隅田川右岸のこのあたりは、桜並木が続き花見の名所だが、開花まで、まだしばらく時間がかかりそうだ。

砲術塾あと

永代橋から東の方向、門前仲町に向かって進むと、しばらくして左手にこんな案内板が立っている。

「佐久間象山 砲術塾跡」と書かれている。

案内板

ここは福島橋のたもと、江戸時代は松代藩の下屋敷があった場所。

”象山は天保13年(1842)、藩主から西洋事情の調査を命じられるが、イギリスと清国間で発生したアヘン戦争に衝撃を受け海防問題に取り組む。

(お台場を築造した)江川太郎左衛門英龍に入門、西洋砲術を学ぶ。

嘉永3年(1850)この地で西洋砲術を教え、勝海舟も入門。

のち、木挽町(今の東銀座付近)に塾を開くが、門下には吉田松陰、坂本竜馬などがいた。

安政元年(1854)、ペリー来航に際し、松陰が起こした密航未遂に連座して、松代に幽閉された”

などと、象山について紹介している。

佐久間象山


大河ドラマ「八重の桜」では、確か奥田瑛二さんが演じていて、印象深かった。

国立国会図書館に残る写真だと、何やらとても怖そうな容貌をしている。

この象山が残した「桜の賦」と題する詩碑が、桜の名所・飛鳥山に残っている。

飛鳥山の「桜の賦」

飛鳥山は、徳川8代将軍吉宗によって整備・造成され、江戸時代から花見客で賑わってきた。

この写真は2009年の4月6日に撮影したもの、

左に写っているあずまやの下に建つのが、その碑だ。

詩碑

漢語林によれば『賦』とは、詩歌のこと。

桜に寄せて、自分の思いを表現したものだ。

詩碑は屋根の下にあって雨風から守られているが、長い年月を経てなかなか字が読み取れない。

碑の隣りに建てられた説明には、概略こんなふうに書いてあった。

説明

”『桜の花が陽春のうららかな野山に爛漫と光り輝き、人々の心を動かしている。

その名声はインド・中国まで響き、清く美しいさまは他に比類がない』

当時、門弟・吉田松陰の密出国の企てに連座し、松代に蟄居中で訪れる人もないが、自らの愛国の志操は堅く、名華の薫香のように遠くに聞こえると、結んでいる”

つまり、今、自分は蟄居中の身で訪れる人もないが、自分の思いはきっと心ある人には届いているはず、ということなのだろう。

その自信過剰ぶりに象山を好きになれない人も多いようだが、一度きりの人生、それくらいの自負心を持って生きてもいいのではと私は思うのだが、どうだろう。

”松陰はその後、元治元年(1864)蟄居赦免となり、京に上り公武合体開国論を主張、

尊王攘夷論者によって暗殺される。54歳。

この碑は、門弟・勝海舟の意によって建てられた”との説明も付け加えられていた。

飛鳥山の花見

都内のサクラの開花まで、もう秒読みの段階に入った。


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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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