「3丁目の夕日」の歳末、今どこへ

築地場外市場

年末の3日間は、東京の台所「築地市場」周辺を走った。

今年の流行語の一つ「お・も・て・な・し」と書かれた看板が、買い物客を迎えていた。

看板の右手には、築地市場が豊洲に移転しても、場外市場は築地に残ることが記されていた。

歩くのも困難

年に何十回となくこの付近を走るが、年末のこの時期は、やはり一年でも一番人出が多い。

市場の中の細い小路では、歩くのもままならないほどの混みよう。

「スリに注意」の看板を見て、「被害に遭う人もいるのかも」と思った。

正月の献立

正月料理の定番を書いた紙が、ずらりと並んでいた。

正月の食卓も、年々少しずつ変わってきている。

我が家でも、西洋料理のシェフが作ったおせち料理で新年を迎えた年もあった。

最近の家庭では、このうちのどれほどが正月の食卓に並ぶのだろう?

鰹節の量り売り

そして築地を歩き回る中、昔懐かしいと思う風景に出会った。

「量り売り」だ。

築地には、削り節の量り売りはこのお店の他にもあるが、今では全国のほとんどの家庭でパック入りのものを使っているのに違いない。

そういえば昔は、鰹節だけでなく、味噌も量り売りだった。

しょうゆも瓶を手にして、近くの商店街に買いに行ったこともあった。

そんなことを思い出しながら、「3丁目の夕日」の頃の昔の地元商店街の様子を思い浮かべていた。

東京タワーができた頃、今から半世紀前の「私のふるさとの商店街」には、暮らしに必要なものを扱う商店がすべて揃っていた。

だから、年末のこの時期、商店街は活気にあふれていた。

歳末大売り出しでは、福引を引く人達が列を作っていた。

しかし今、当時あった時計屋、写真屋、卵屋といったお店は、今では商店街から姿を消してしまった。

電器屋さん、床屋さんも、ずいぶん少なくなってしまった。

そして、あの頃はまだ内湯は十分普及していなかったから、周辺には銭湯も随分あった。

湯船で泳いだり潜ったりと、子供には楽しい遊び場でもあったが、こちらも今はない。

地元商店街

この半世紀で、付近はオフィス街として、すっかり姿を変えてきた。

この「通り」の両側には様々なお店が並び、同級生の薬局もあったし、ガラス屋さんもあったが、今はない。

この通りでは、昔は「縁日」が月に3回、2の日に開かれていて、にぎやかだった。

綿あめ、カルメ焼きなどの露店の他

ガマの油売り、火事で工場が焼け退職金代わりにもらったという万年筆を売るといった「寅さん」たちの啖呵売が楽しかった。

ガマの油売りでは、最前列で見物していた小学生の私が実験台にされるということもあった。

万能の秘薬軟膏を手の甲に塗られ、そのあとで針を手の甲に刺されたのだが、「少しも痛さを感じない」というものだ。

確かに痛くはなかったことを覚えているが、そのからくりは今も分からない。

そんな昔の賑わいは、今、見ることはなくなった。

平日の日中は、サラリーマンがあふれる街に変わった。

土日は、ほんとうに静かな町になったし、年末も自然豊かな田舎に負けないくらい静かだ。

2013年もあとわずか

年末の東京タワーのライトアップ。

つい先日、商店街では「暮らしの用品」を扱うお店が営業を閉じた。

この1年、街は、また少し、その姿を変えた。

2013年も、間もなく終わろうとしている。

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No title

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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