江戸の愛宕山


京都の愛宕山

京都盆地の西北にそびえる愛宕山、標高は924m。

東京・港区芝にある愛宕山の25.69mより、かなり高い。

この秋、京都の紅葉めぐりの際、ガイドさんが教えてくれた際にカメラに収めた。

山頂には愛宕神社があり、古くから信仰と修行の場であった。

愛宕権現の本地仏は勝軍地蔵とされ、戦勝祈願の対象だった。


戦国時代、明智光秀が本能寺の変の直前に参詣し、「ときは今 あめ(天)が下しる 五月かな」

つまり、土岐一族が天下を手にする時ぞ来たれり とも読める有名な句を詠んだことでも知られる場所なのだという。

芝の愛宕神社

芝愛宕山に愛宕権現を京都から勧請したのは徳川家康、家康も勝軍地蔵を信仰していたのだ。

そのため、神社本殿の門や提灯には、徳川家の葵の紋が見える。

石段は86段と書いてある

また、愛宕神社は、古来から火伏の神様としても知られ、江戸時代には、火伏を祈る人たちの信仰も集めていた。

そして、この愛宕神社で有名なのは、江戸は寛永の頃、馬に乗って神社正面の石段を上り下りしたという間垣平九郎のお話。

港区の案内板にも、石段の数「86段」と書いてあり、私もそのように覚えていたのだった。

再度数えてみた

ところが、先日、石段を数えてみたところ85段しかなかった。

そこで、このブログでもその旨紹介し、近いうちに、もう一度数えてみるとお伝えした。

そして、再度、数え直してみた。

参道の敷石から

石段に続く参道には、石が敷き詰められている。

石段の両端には手すりが、真ん中の所には鎖があって、急な石段を上る時の助けとなっている。

イチョウの葉っぱがたくさん落ちているところから、上りはじめる。

その結果、

やはり、石段は前回と同じ「85段」しかなかった。

そして、下におりて、もう一度調べてみることにした。

実はこうなっていた

すると、こうなっていた。

一段目の石段が殆んど砂利に埋まり、参道の敷石と同じ高さになっていたのだった。

1段目の石段は、わずかな高さしかないが、これが1段目だったわけだ。

つまり私は、1段目をカウントしないで、2段目を1と数えていたのだった。

これで「一件落着」

虎ノ門ヒルズ

愛宕山上からは、完成間近な「虎ノ門ヒルズ」が、すぐ目の前に見える。

都内の高層ビルの中でも2番目の高さになる。

昔、江戸の町を見下ろしていた愛宕山が、今度は虎ノ門ヒルズから見下ろされる番だ。

「虎ノ門ヒルズ」は2014年中に開業を予定しているから、もう間もなくだ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
スポンサードリンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR