東京五輪から来年で半世紀



神宮外苑のイチョウ

神宮外苑のイチョウ並木。

今年も12月9日(月)まで、イチョウまつりが開かれている。

青空が広がると、黄葉とのコントラストがとても美しい。

舗道も黄色に染まる

落ち葉の時期は、歩道も黄色く染まる。

去年、同じ時期に訪ねた時、ここでは落ちたギンナンが発する特有の匂いが全くしないので、このイチョウ並木はすべて雄の木だけなのかと思ったことがあった。

そこで、秋に何回か訪れて、木の根元をよく調べてみると、稀にギンナンが落ちているのを見つけた。

調べてみると、この並木のイチョウ本数は、全部で146本。

このうち雌木は102本だから、全体の3分の2以上にもなる。

ということは、ギンナンが落ちないのではなく、

地元の人たちが、匂いがしないように、落ちたギンナンを毎日丁寧に清掃していたのだった。

この黄葉の絨毯も、ギンナンの匂いはしない。

地元の人たちが、ギンナンを取り除き、枯葉だけを残して作り上げた景観だった。

クラシックカーフェスタ

イチョウまつり会場の近く、絵画館前では、今年で7回目を数える「クラシックカーフェスタ」が開かれていた。

このフェスタへの参加資格は、30年以上前の車。

愛知県のトヨタ博物館で保管する数々の名車の他、愛車自慢のオーナーが出品した懐かしのクラシックカーが多数集まっていた。

ダットサン210型

昭和32年(1957)の「ダットサン210型」、排気量は988CC。

翌昭和33年6月に、日産の乗用車として初の対米輸出が始まり、以降の本格的な北米進出への端緒となった車と、ウィキペディアには書いてある。

ホンダS500

前回の東京オリンピックから、来年で50年ということで、

今回は「50年前のモーターショーと その頃のクルマたち」というテーマでの展示もあった。

この車は昭和38年・東京オリンピックが開かれる前年に発売された「ホンダS500」

排気量は 531CC。

2輪からスタートしたホンダが4輪に進出し始めた頃の車。

価格は45万9000円。

人事院の資料で調べると、当時の国家公務員上級職の初任給が約1万7千円だから、初任給の約27倍にあたる。

現在の価値に直せば、540万円ほどだろうか。

当時、まだまだ自動車は、一般庶民には高値の花の時代だった。

今、地方へ行けば、一家に複数台の車を所有するのは珍しくない。

一人に一台という家庭も多く、「半世紀前と比べ暮らしが大きく変貌したものだ」と実感する。

映画出演の車

或るクラシックカーの座席に、こんな紙が置かれていた。

確かに、映画やドラマの撮影時には、ずいぶんとお呼びがかかりそうだ。

でも、今から半世紀の前の自動車を、現在も走れるように保存するのには相当の苦労もあることだろう。

どの車も、綺麗に手入れがされ、骨董の名品を見る思いだった。

あるけ あるけ

そして、クラシックカーフェスタ会場のすぐ横で「ウォーキング運動発祥記念碑」と書いた碑を見つけた。

日本ウォーキング協会が建てたもので、碑には

「東京オリンピック開催中の1964年(昭和39)10月17日に、絵画館前から世田谷の東京五輪記念青少年キャンプに向けて、第一回大会が開かれた」と書いてあり、

「あるけ あるけ」という字は、日本ウォーキング協会初代会長であった八田一朗によるものであるとも記されている。

東京オリンピック当時、八田一朗(1906-1983)は日本レスリング協会の会長を務めていて、「剃るぞ!」という言葉と共に、その厳しいスパルタ訓練でよく知られた人物であった。

「剃るぞ!」とは、もし試合で不甲斐ない負け方をした場合、選手の頭だけでなく下の毛も剃るぞというもの。

東京オリンピックに先立つローマオリンピックで、フリーとグレコローマンに合わせて8人の選手を送りながら、結果は銀メダル1つというさえない結果に終わった際、八田本人も選手も「剃る」ということがあった。


東京オリンピックに向けて厳しい取り組みを続けた結果、金メダル5個という好成績を残し、以来レスリングは日本のお家芸といわれるまでになった。

東京オリンピック当時、私は「パワフルなおじさんがいるなあ」という程度に八田会長の言動を受け止めていたのだが、

もし現在も同じことをやったら、人権問題として大問題になりそうな気もする。


そんなことで、今回神宮外苑で、東京オリンピック当時を思い出す碑や車と出会い、

その当時のことが思い出されたのだが、

「この半世紀、世の中は大きく変わってきたなあ」と実感したのだった。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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