鼠小僧 若い人はもう知らないかな

前に紹介した、両国駅近くの回向院に「鼠小僧」の墓がある。
墓
武家屋敷のみに押し入り、盗んだ金を貧しいものに分け与えた義賊として、子供のころから講談や映画でその名を聞いてきた。

鼠小僧は実在した大泥棒で、1832年に処刑されている。

鼠小僧人気に火がついたのは、河竹黙阿弥が、盗んだ金を金に困った庶民に配るという虚構の作品を世に送り出したことがきっかけだという。
ところが実際は、盗んだ金は遊興、酒、ばくちなどに使い、貧しい庶民に分け与えた義賊であったという事実はどこにも記録されていないのだという。

ただ、大名屋敷を専門に盗みを働いたのは事実のようだ。
歌舞伎
大名屋敷は敷地面積が広く、いったん中に入れば警備が手薄だったうえ、幕府に謀反の疑いを抱かせる恐れがあって警備を厳重にできなかったこと。
さらにメンツと体裁を守るために被害を公にしにくかったこと。
そうした背景があって、大名屋敷を専門に狙ったというのだ。

説明
江戸時代、犯罪者には墓を作ることが禁止されていたということで、この墓が建立されたのは大正15年12月15日。
墓石を削り、財布に入れておけば金回りがよくなるということで、墓石の前には前立ちが建てられ、「こちらをお削りください」との案内もある。

お前立ち
前立ちは数年ごとに建て替えられ、現在まで数百基に及ぶという。
この日は、親子づれの姿に出会った。

親子で
「志望校にするりと入れる」
また戒名の「教覚速善居士」が、「教えを速やかに、善く覚える」とも読めるため、受験がうまくゆくようにと訪れる人も多いという。

南千住・回向院

そして、こちら南千住の回向院にも「鼠小僧の墓」がある。小塚原刑場の近くにある。

手前の一番左が「鼠小僧」の墓、戒名が両国回向院のものとは違う。
そして、右へ順に、「片岡直次郎」「高橋お伝」「腕の喜三郎」と4基の墓石が並んでいる。

それぞれ、どこかで聞いたことのある名前だ。

いずれも悪党、罪人、侠客として伝えられる人物で決して善人とは言えないが、墓に出会うとなぜか親近感を感じる。

「世間をにぎわせているゴシップの主人公に街角で出会ったような」そんな感じだ。

昔の人もそんな気持ちで、こうして墓を作り、墓を見つめてきたのだろうか。


これまで、歴史上の人物の墓をジョギングしながらたくさん見てきた。

おいおい紹介してゆきたいと思う。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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