「音丸」さんの墓に出会った

天妙国寺

京浜急行・青物横丁駅近くにある天妙国寺。

旧東海道に面して建つ古刹だ。

近くに行く用があったので、久しぶりに境内を覗いてみた。

徳川家と関係が深い

江戸時代には、徳川将軍家との縁も深く、特に3代家光は鷹狩の際にしばしば立ち寄ったという。

寺所蔵の記録によると、この寺を訪れた回数は家康が1回、秀忠が2回であるのに比べ、家光は44回も訪れているのだという。

寛永11年(1634)には家光に五重塔の再建を命じられたが、五重塔は元禄15年(1702)、赤穂浪士の討ち入りのあった年に大火により焼失している。

ところで、近ごろは、葬儀もだいぶ変わってきたようで、これまでのように寺の墓地におさまるというパターンだけでないようで、

森林の中に葬ったり、あるいは核家族など家族関係の変化を背景にした無縁仏の増加など、お墓の”寺離れ”も進んでいるのかもしれない。

天妙国寺の墓地には、こんな大きな看板が立てられていた。

桃中軒雲右衛門の墓

天妙国寺には、浪曲の世界ではひときわ名高い「桃中軒雲右衛門」の墓がある。

とても立派な墓所で、墓石近くには浪曲協会の手によって建てられた「浪曲界先覚 慰霊塔」も建っている。

日本浪曲協会のホームページには、「浪曲中興の祖」と紹介されている。

寺にある案内

これは、境内に建っていた品川区教育委員会の案内板。

浪曲界の黄金時代を築いた人物という紹介だ。

最近は、テレビラジオで浪曲を耳にする機会は、昔と比べるとずいぶん少なくなった。

たまたま日曜の午後、Eテレで「東西浪曲特選」という放送があったが、出演者の4人中3人までが美しい女性浪曲師だった。

講談界と同じように、今や女性が浪曲という伝統話芸を支えているようだった。

(桃中軒雲右衛門の墓については、2011年12月25日の「旧東海道を歩いたことはありますか」②でも触れている http://golby.blog.fc2.com/blog-date-20111225.html)

そして、「桃中軒雲右衛門」の墓の近くを歩いていると、墓石の横に石碑が見えたので近寄ってみた。

石碑が見えた

遠目に見る石碑は、特に珍しいわけでも、目立つわけでもない。

ところが、石碑に彫られた文字を読んでみると、昔、聞いたことのある言葉だった。

船頭可愛いや

美しい文字で、

”夢も濡れましょ 潮風夜風 船頭可愛いや 船頭可愛いや 波枕” とあり

 最後に 「音丸」と書いてある。

そうか、あの「船頭可愛いや」を歌った音丸さんのお墓に違いない 

そう思って家に帰って調べてみた。

その結果、音丸さんの家のお墓に間違いはなかった。

石碑の文字は、音丸さんの自筆であることも分かった。

音丸

ウィキペディアによると

「音丸さんは明治39年(1906)、麻布箪笥町の老舗の履物屋に生まれた」とある。

「箪笥町」というのは、江戸幕府の武具をつかさどった「箪笥奉行」に由来する町名で、武具にかかわる御家人の拝領屋敷があったからという。

箪笥職人が暮らしていた町人の町かと思っていたが、そうではなかった。

昔の地図を見ると、麻布箪笥町は、今の赤坂溜池と六本木を結ぶ道路沿いにあったが、現在の地図ではは六本木1丁目、3丁目付近になる。

そして
音丸という芸者風の芸名は、当時、市丸、小唄勝太郎、赤坂小梅と、花柳界出身の歌手が活躍していたことと関係がある。

音丸自身は、普通の商家の娘で花柳界には関係がなく、民謡を習っていて、その美声を見込まれ歌手になったのだが、

当時の人気歌手が地方巡業の際、時間拘束のために莫大な花代がかかったことから、

小唄や端唄を歌える人材を探していたという事情が、命名の背景にあったという。

早速、ユーチューブで検索して「船頭可愛いや」(昭和10年の大ヒット曲 高橋掬太郎作詞、古関裕而作曲)を聞いてみた。

また、博多で暮らしていた頃、時々耳にした「博多夜船」(昭和11年)も音丸さんが歌っていて、ユーチューブで聞くことができた。

”会いに来たかよ 松原越しによ 
 
 博多通いの あれさ夜船の 灯が見える 灯が見える”


久しぶりに聞く日本調の歌謡曲。

懐かしかったし、昔の美しい日本が眼前に広がるような思いもした。

しかし、歌の舞台となったような情緒豊かな風景は、もう今の日本から無くなってしまった。


「昭和遠くなりにけり」



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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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