「花押」が今も使われている

各大臣の花押


国立公文書館で、様々な歴史的な文書を見ていく中で、

「花押(かおう)」が、現在の大臣にとっても必須のアイテムであることを知った。


写真は、昭和31年(1956)7月23日に開かれた閣議で決定された政令案に、出席の閣僚が花押で署名したもの。

(政令案は、大阪、京都、横浜、神戸、名古屋の五大市が、政令指定都市となった際のもの)

ご存知のように、花押は、図案化された署名。

日本史に登場する有名大名の書状で見かけたことがあるが、現在も政府の閣議の中で生き続けているのをこれまで知らなかった。

政令指定都市関連

この閣議が行われた当時の内閣総理大臣は、鳩山一郎。

外務大臣の重光葵、大蔵大臣の一万田尚人、北海道開発庁長官(科学技術庁長官なども兼務)の正力松太郎の名前などが見える。

名前の下にある署名が花押で、ウィキペディアによれば、

「政府閣議における閣僚署名は、明治以降花押で行うことが慣例となっている。

多くの閣僚は、閣僚就任と共に花押を用意することが多い」

と説明されている。

防衛庁長官であった船田中など一部の閣僚以外の花押は、底辺が横一文字のいかにも花押らしい花押が並んでいる。

閣議は、今も、毎週火曜・金曜の午前に開かれているから、こうした花押による署名は、ごく日常的に行われていることになる。

首相官邸のホームページには、定例閣議日ごとの案件が記されているが、その件数はかなりの数にのぼる。

各閣僚は、案件の数に比例して、花押を書いているということになる。

秀吉の花押

これは豊臣秀吉の花押。

ウィキペディアによれば、

このデザインは、どうやら「悉(しつ)」という字から来ているらしい。

秀吉を音読みして「ゅう き

そのはじめの「し」と、最後の「つ」をあわせた「悉」に由来するという説があると紹介されている。

花押の作り方については、平安時代の頃は実名の草書体のものからはじまったようだが、戦国の世になると必ずしも実名をもとにして花押が作られなくなったという。

文字ではなく、絵などを図案化したものもあり、他人が見て「意味」が解るとは言い難い。

家康

こちらは徳川家康の花押。

上下に並行した横線を2本書き、中間に図案を入れたもので、明朝体といわれるとのこと。

明の太祖がこの形式の花押を用いたことに由来するといわれ、徳川家康が採用したことから徳川将軍に代々継承され、江戸時代の花押の基本形となったという。

秀吉や家康の時代には、文書の真正さを権威づける役割を果たした花押だが、現代では登録した印鑑にとって代わられている。

しかし閣議案件での署名だけでなく、企業内での稟議など、「認め」の意味の署名には有効だから、花押をもう少し暮らしの中で活用したらいいのにと思う。

例えば、庶民は「回覧板」の確認や、宅配の受け取りに、

有名人は、色紙のサインに活用するなどしてもよさそうだ。

三文判を使うよりは、おもしろそう。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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