「旗本御家人 お仕事いろいろ」展

国立公文書館

千代田区北の丸公園の一角にある国立公文書館。

今ここで、「旗本御家人 お仕事いろいろ」というタイトルの特別展が開かれている。

公文書館というと、堅苦しい文書ばかりかというとそうでもない。

今回の展示は、徳川幕府に仕えた人たちの、様々な仕事、人間臭いエピソードを記した記録などが展示されていてとても面白い。

秋の特別展

例えば、将軍家に生まれた子供に乳を与える役を務めた幕臣の妻や娘の話、

幕臣の行状に目を光らせる目付の仕事ぶり、

園芸の重鎮だった旗本が編集した植物図説集など

興味深い資料が多数が紹介されている。

瀬田問答


例えば、

将軍に密着して特別の御用を勤めていた「公人朝夕人(くにんちょうじゃくにん)」という役職があった。

どういう仕事かというと、

将軍が上洛参内した際、尿意を催した時に銅製の尿筒を差し出すのが、その役割。

将軍は束帯をつけているので容易に排尿できないことから、このような役目が必要だったのだろうと説明に書かれてあった。


その②

この「公人朝夕人」は世襲の役職だったが、幕府の記録では、実際に勤務したのは家康、秀忠、家光の時代だけであるという。

この3人の将軍以外に上洛参内したのは、幕末の14代家茂、15代慶喜の二人がいるが、

その時には、公人朝夕人が随従したという記録は見当たらないとのことだ。

「その意味で究極の閑職でした」と紹介されている。

代々、その仕事のために禄を食んでいたが、結果的に仕事をする機会がなかったということだ。

何か、時代劇の短編でも書けそうなエピソードだ。


なお、この役職について記した「瀬田問答(らいでんもんどう)」という書は、

狂歌の作者として知られる太南畝(蜀山人という名前でも知られる)と武家故実に詳しい名貞雄との間で交わされた問答を取りまとめたもの。

太田南畝は、当時は、お目見え以下の御徒(おかち)だったという。

蜀山人も、いわば「宮仕え」の身だったということになる。

尿筒とは

関連して、

東海道中膝栗毛などの作者として知られる十辺舎一九が、「尿筒」について書いた紀行文も展示されていた。

その中には、尿筒の図も書かれている。

この縦長の容器が、そうだ。

お酒を入れて使った

お話としては、こんなことが書かれている。

十辺舎一九が、京都の古物商から手に入れた筒を蔦屋重三郎(歌麿、写楽などの浮世絵を世に出した版元として有名)に見せたところ、「酒を入れる筒だろう。素敵だね」といわれたという。

そこで、その中に上等な酒を入れて、得意げに酌み交わしていると、老僧にそれがなんであるかを指摘されたというのだ。

驚き、当惑して、慌てて、口からお酒を吐き出す人たちの姿が目の前に浮かぶようだ。


さて、国立公文書館で見た資料に関して、もうひとつ関心を持ったものがある。

次の機会に紹介したい。

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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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