切支丹屋敷と二人の神父


切支丹屋敷跡

文京区小日向、現在は閑静な住宅地が広がっている。

江戸時代、この地に切支丹屋敷跡があり、それを今に伝える碑と案内板が立っている。

案内板

案内板によれば、切支丹屋敷とは「棄教したキリシタンを収容する場所」のことで、建てられたのは1646年、島原の乱から9年後のことだ。

ここに最初に収容されたのは、イタリア・シチリア島生まれのジュゼッペ・キアラ神父(1602-1685)、日本名が岡本三右衛門という人物。

彼は、島原の乱から6年後の1643年、キリシタン禁制の日本に潜入を企てるが、九州・筑前国で捕えられ長崎に送られる。

ウィキペディアによれば、
”彼は、キリスト教布教の真意は国土制服の準備工作であることや、キリスト教義の欺瞞性などを白状し、キリスト教を棄てて、この切支丹屋敷で暮らしていた。

そして、幕命によって岡本三右衛門という死刑囚の後家を妻に娶り、岡本三右衛門という名前も受け継いだ。

その後もたびたび切支丹および宣教師についての情報を幕府に提出した、とある。

また、キリスト教の教義について解説した「天主教大意」を著しており、後にジョヴァンニ・シドッティを尋問するに当たって新井白石が徹底的に研究したとのことだ。

(ジョヴァンニ・シドッティとは、この屋敷の最後の収容者となる人物で、詳しくは後述)

伝通院にある供養墓

ジュゼッペ・キアラは、幽閉40年の後、貞享2年(1685年)死去。

死後、遺体はキリスト教では禁忌である火葬にされ、小石川無量院に墓石が建てられた。

これは、小石川無量院に近い伝通院にある、ジュゼッペ・キアラ神父の供養墓。

墓石には日本語の戒名が刻まれ、その右手に駐日イタリア大使の言葉が刻まれた碑が立っていた。

イタリア大使の言葉

ジュゼッペ・キアラ神父は、遠藤周作の小説「沈黙」のモデルとなった人物の1人だという。

「沈黙」の登場人物のもう一人は、クリストフファン・フェレイラ(1580頃~1650)というポルトガル人宣教師。

来日は1609年、日本管区の管区長代理を務めていた1633年に長崎で捕えられ、「穴吊りの刑」という拷問を受け棄教する。

そして日本人妻を娶り、切支丹取締りにあたった。

この棄教はカトリック教会に衝撃を与え、多くの宣教師が日本潜入を志願したという。

ジュゼッペ・キアラ神父の日本潜入は、クリストフファン・フェレイラが捕えられてからちょうど10年後のことであった。

新井白石の墓

そして、次にこの屋敷に収容されたのが、ジョヴァンニ・シドッティ(1668~1714)。

当時のローマ教皇に願って、日本潜入を目指したのは1708年。

島原の乱から70年も経った頃だ。

シドッティは、侍の姿に変装して屋久島に上陸したものの、言葉が不自由で不審に思われ捕まってしまう。

そして江戸に送られるが、その審問にあたったのは6代将軍・家宣の側近として重用されていた新井白石だった。

これは、中野区の高徳寺にある新井白石の墓。
画面一番奥が白石の墓だ。

新井白石像

ウィキペディアによれば、

新井白石は、シドッティの人格と学識に感銘を受け、敬意をもって接したという。

そして、審問の中でシドッティは、「特に、宣教師が西洋諸国の日本侵略の尖兵である」という認識が誤りであると説明、白石もそれを理解した」とのことで、

白石はシドッティの審問をもとに「西洋紀聞」などの書をまとめる。

「西洋紀聞」は、諸外国の歴史、地理、風俗、キリスト教の大意などが記されていて、鎖国下における世界認識に大いに役立ったという。

白石はシドッチの本国送還を上申するが、幕府はシドッティを屋敷に幽囚するという決定をする。

が、実際の扱いは、宣教してはならないという条件で囚人の扱いをせず、破格の待遇での軟禁だったという。

ところが、ある日、シドッティの世話をしていた老夫婦が木の十字架をつけているのが発見される。

シドッティに洗礼を受けていたのだつた。

このためシドッティは地下牢に移され、それから10か月後、シドッティは衰弱死してしまう。

親指のマリア

これは、シドッティが持っていた「親指のマリア」といわれる絵。

長崎奉行所の旧蔵品で重要文化財。東京国立博物館が所蔵している。

様々な経緯や動機で日本を訪れ、その生涯を終えた数多くのひとたち。

高橋圭三の名文句ではないが、「事実は小説よりも奇なり」。

歴史の中には、なんと沢山の「劇的な人生や悲話」が埋まっていることか。





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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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