みちのくの春


福島の桜は満開

久しぶりに山形県に行ってきた。

寒河江市に住む知人のお手伝いをするためだ。

山形新幹線は、福島から東北新幹線と切り離す。

そこから先は本当の新幹線仕様ではなく、広軌のレールに敷き直した在来線のルートを走る。

従って福島までは普通の新幹線のスピードだが、福島から旧奥羽線に入ってからは、在来線の特急のスピードとなる。

これは福島駅に着く直前の風景。

福島では桜の開花は4月5日だったから、この日・13日は、まさに満開を迎えていた。

吾妻山

そして、視線を西の方に向けると、まだ雪をかぶった山並みが見える。

画面の左に見える形の良い山は、吾妻山のようだ。

3年前の5月、磐梯吾妻スカイラインを走る66キロのウルトラ・マラソンに参加したことを思い出した。

5月下旬だったが、風は冷たく、まだ沿道には雪が沢山残っていた。

でも、その寒さのおかげで、参加者の中でラストだったが、制限時間内に完走できたのだった。

5月下旬はもう暑い。

下界のように暑かったら、とてもゴールはできなかっただろう。

板谷峠

山形新幹線は、福島から板谷峠を超えて山形県に入る。

峠には、まだたくさん雪が残っていた。

「みちのく」の太平洋側の入り口が「白河の関」とすれば、日本海側の入り口の一つが、この「板谷峠」というイメージを私は持っている。

ここからが、本当の「道の奥」なのだと。

南陽市付近

福島とは、まるで車窓の風景が違って来た。

まだ冬枯れの景色が広がっている。

ここは、種なしブドウの「デラウェア」の産地として全国的にも知られる南陽市付近。

緑の色は、まったくと言っていいほど目に入って来ない。

寒河江

山形から左沢線に乗り換えて、目的地の寒河江に到着。

サクランボの産地・山形にあっても、トップクラスの産地として知られる。

致命の由来

駅前に、地名の由来の解説があった。

それによると、

時は出羽の国が置かれた和銅5年(712)頃、

現在の神奈川県海老名市にある相模国一宮・「寒川神社」の近辺からこの地に移住してきた人々が、故郷の相模川流域と似ていることから「寒川」と称したことが起源であるという。

寒川神社は、正月3が日に例年40万人近い人が初詣に訪れることで知られる。

「江」は、河川が増水するたびに入江を作ったことの名残であるとのことだ。

駅前のこぶし

寒河江市の人口は4万人余り。

市役所の建物は故黒川紀章さんが若い頃設計したもので、建築に詳しい人には知られた存在だ。

駅前では、ようやく、こぶしが花をつけ始めていた。

私が寒河江から帰った翌日15日に、山形市で桜が開花したが、寒河江の開花は例年それよりも遅くなる。

付近の有名な桜の名所で開花するのは、今年の予想だと4月下旬、見ごろは今月の末頃とのことだから、まだまだ「桜の春」は遠い。

人の姿は少ない

「春の遅い陸奥」以上に寂しいのは、駅前に人通りが少ないこと。

駅前を歩いても、店を辞めてシャッターが下りたままの建物を、何件か見かけた。

日本全国、何処に行ってもシャッター通りが増えている。

「日本はこのままでいいのだろうか」、そんな現実を見るたびに思う。

東京に帰ってくると、人の多さにうんざりする。

しかし、地方を旅して人が少なすぎるのはもっと悲しい。

駅前で、子供の顔を見たのは、駅前に立つ像ばかり。

冷やしたラーメン

冷たいスープ仕立ての「冷たい中華」。

寒河江やその近辺の名物だ。

東京で食のフェスティバルなどがあると、列ができるほどの人気メニューだが。

地元の店のお客さんの数は、それほど多いようには見えなかった。

「国土の均等な発展」を実現しないと、日本の地方はダメになってしまう。

そんなことを想った。
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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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