大名屋敷内の神社~塩竃神社


塩竃神社

港区新橋5丁目にある「塩釜公園」。

周辺の喧騒がうそのように、静かな空間が広がっている。

沿革

入り口に、公園の沿革について説明があった。それによると

「塩釜神社は、汐留にあった伊達家の上屋敷内に、塩釜神社本社から分霊を迎えて祀ったもの。

神社はその後、伊達家中屋敷があったこの地に移されたが、ちょうどここは神社の境内だったところ」だという。

旧字体

説明の中で、「塩釜」はこういう難しい字で書かれている。

こんな漢字をすらすら書くことのできる人は、広い日本でもそれほど多くななさそうだ。

どんな意味を持つ漢字なのか、調べてみた。

大漢和辞典

世界最大の漢和辞典といわれる、「大漢和辞典」(諸橋轍次編纂)で調べると

「鹽」という字では載っていなかったが、「しほ」「あらしほ」という意味であることが分かる。

この漢字の部首は「鹵」(ろ)という字で、新漢語林には「袋に包んだ岩塩の象形」と書かれている。

「鹵」という字の意味は「塩分を含んだ土地」ということだ。

かまど

もう一つの漢字「竈」という字は、「かまど」という意味であることが解る。

陸奥の国一宮

「日本神社総覧」や「神社事典」によれば、

塩竃神社は、
「陸奥国の一の宮で、民に塩を煮ることを教えた塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)も祀り、航海安全、漁業、製塩、安産の神として、古くから広く信仰を集めている。

慶長12年には伊達正宗が社殿を造営し、歴代の藩主の信仰も篤かった」ということだ。

狛犬

江戸時代、仙台藩の屋敷内にあった「塩竃神社」は、日を決めて一般人にも開放され「安産の神様」として多くの信仰を集めた。

そして、それは大名家にとっても、とても大きなメリットがあった。

お賽銭、供物やお札の販売が、財政難に悩む大名家の貴重な収入源になったのだ。

本殿

例えば、久留米・有馬藩の邸内社「水天宮」は、江戸時代には港区・赤羽橋の今の済生会病院の所にあった。

幕末・安政4年(1857)の水天宮からの収入は、約1500両にも上ったと、元東大史料編纂所教授の宮崎勝美氏が歴史講座で話していた。

正確に換算するのは難しいが、1両をたとえば10万円として計算すると、1億5千万円にもなる。

とても馬鹿にはできない金額だ。

こんなチラシが

境内を見ていると、こんなポスターが目に入った。

東京都神社庁が作ったものだ。拡大してみよう。

卒業式で

東日本大震災直後、気仙沼市の階上中学校の卒業生代表の言葉。

「・・・苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていかなければなりません。

…当たり前に思える日々や友達が、いかに貴重かを考え、いとおしんで過ごしてください・・・」

心に響く言葉だ。

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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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