記憶に残る桜~佐藤桜

兼六園冬景色

石川県金沢市の兼六園から、市内中心部の方を見た写真。

画面中程に、雪に覆われた空き地が見えるが、ここは旧石川県庁があった場所。
画面中央の大木の右手に見える石垣は、金沢城のものだ。

そして、画面中央の木の左に、白い杭が建っている。
近寄ってみると、こう書いてある。

佐藤桜と書いた杭

「佐藤桜 太平洋と日本海をつなごう 佐藤良二」

佐藤良二さんとは、旧国鉄のバスの乗務員。

金沢と名古屋を結ぶ路線バスに乗務していた人で、自分の乗務する路線を桜のトンネルでつなごうと長年にわたって、桜の植樹を続けた。

ご存知の方も多いことだろう。

説明

佐藤良二さんは、昭和41年から亡くなった昭和52年までの12年間に、合わせて2000本の桜を植樹、その気持ちを受け継いだ人たちが今も植樹を続けている。

その一つが、毎年4月に行われている「さくら道 国際ネイチャーラン」というウルトラマラソン。

スタートの名古屋城からゴールの兼六園までの250キロを36時間の制限時間内に走るというもので、今年で20回目を迎える。

この大会は、だれでも走れるわけではなく、過去のレース歴を参考に選考委員会が認めた人しか走ることはできない。
ハードルの高い大会だ。

レースを走った人は、レース後に桜の植樹をすることになっているという。

このウルトラマラソンの去年の「参加者募集要項」に、佐藤良二さんの志についてこんなふうに紹介されていた。とてもいい文章なので紹介したい。

2012さくら道国際ネイチャーラン
趣 旨

太平洋と日本海を結ぶ266㎞の道を、桜のトンネルで結ぼうと決意した男がいた。
御母衣ダム工事で、水没する山寺の樹齢400年を数える桜の古木が移植され、見事に蘇ったその生命力に感動したからである。
その男は名古屋と金沢を往復するバスの車掌・故佐藤良二氏である。
彼はバスの走る道沿いに、桜の苗木を黙々と植え続けた。
乏しい蓄えを注いだ。少ない休暇を使った。

2,000本も植えただろうか。男は病に倒れた。志半ばで力尽き、逝った。
47歳の短い生涯だった。
清貧という言葉が改めて見直される今、「人の喜ぶことをしたい」と病魔に侵された我が身を顧みず、無償の行為を貫いた佐藤氏の生き方は、
貧しくとも豊かな心を持つ、人間の幸福な姿を問いかけてくれる。

佐藤氏が夢みた〓さくらのトンネル〓を、走り抜けるという形でその遺志を受け継ぐとともに、
「太平洋と日本海を桜でつなぐ」という大事業の完成に少しでも寄与できればと考えて、
今回『太平洋と日本海を桜でつなごう 2012さくら道国際ネイチャーラン』 を開催する。

庄川桜

この桜が、御母衣ダムすぐ横に移植された庄川桜。ウルトラマラソンのコースの途中にある。

ダム底に沈んだ村で暮らしていた人たちが、この桜の下で花見をし再会を喜び合った光景に心を動かされ、故佐藤氏の植樹が始まったという。

ゴール前

佐藤桜の前が、レースのゴールとなる。

今年の大会は、4月20日の午前6時に名古屋城をスタート、翌21日の午後6時が制限時間だ。

今年の参加者の名簿を見ると、外国の選手19人を含めて出場選手は合わせて137人。

そのうち女性は19人、最高齢の人は69歳の男性で、60代の参加者は17人もいた。

「世の中には凄い人がいるものだ」と、つくづく思う。

花開く佐藤桜

2002年3月30日に撮影した佐藤桜。

今年の金沢のサクラの開花予想では、4月1日に開花、6日に満開とあるから、レース当日は残念ながら葉桜になっている可能性が大きい。

ランナーの皆さんが徹夜で走ってきたゴール当日、私は同じ石川県で開かれる加賀温泉郷を走る大会に参加する予定にしている。

距離は「さくら道国際ネイチャーラン」の6分の1以下でしかない。

体や足がつらくなった時には、「さくら道国際ネイチャーラン」を走っている人に勇気と元気をもらいながら、走りたいと思っている。
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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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