「蛍の光」と「別れのワルツ」~名曲こぼれ話


ライブ看板

友人と一緒にライブショーに出かけた。

タイトルは「歌とトークでたどる古関裕而の音楽」で、

昭和の偉大な作曲家・古関裕而を父に持つ古関正裕さんなど3人のユニット「喜多三」によるライブだ。

因みに、「喜多三」というのは、古関裕而の生家で、福島市有数の呉服屋の屋号。

古関裕而

古関裕而(1909-1989)は、戦前から戦後にかけて活躍した作曲家。

流行歌からドラマや映画の主題歌、学校やプロ野球チームの応援歌、番組のテーマ音楽など幅広い分野で数々の名作を残している。

ステージの古関裕而の写真

ライブでは、初のヒット曲になった昭和10年の「船頭可愛いや」、早稲田大学の応援歌「紺碧の空」、戦後のラジオドラマの主題歌で大ヒットした「鐘の鳴る丘」「君の名は」「黒百合の花」などが次々に歌われた。

東宝の特撮映画「モスラ」で、ザ・ピーナッツが歌った「モスラの唄」も懐かしかった。

番組のテーマ曲では、NHKラジオの「昼のいこい」や「日曜名作座」、スポーツ番組には欠かせない「スポーツショウ行進曲」等々。

更に昭和39年の「東京オリンピックマーチ」も忘れることのできない名曲だ。

音楽家・古関裕而を紹介する中で、一つ面白い話があった。

別れのワルツ

それは、このレコードで「別れのワルツ」「アニー・ローリー」を演奏しているユージン・コスマン楽団とは実在した楽団ではなく、古関裕而の名前をもじったものだったということだ。

それは一体どいうことなのか、詳しく紹介しよう。

「哀愁」ポスター

「別れのワルツ」は、映画「哀愁」の名場面で演奏された曲だ。

映画「哀愁」の主人公を演じたのはビビアン・リーとロバートテイラーという美男・美女。

軍人と踊り子という設定で、二人はロンドンのウォーター・ルー橋で、第一次大戦のさなかに出会い、恋に落ちる。

その二人がクラブで踊るシーンで演奏されるのが、この曲「別れのワルツ」だった。

別れのワルツ

もう一度、レコードジャケットに戻ろう。

この「別れのワルツ」のメロディーは、「蛍の光」の原曲であるスコットランド民謡「オールド ラング サイン」という曲。

従ってメロディは「蛍の光」と同じだが、リズムが違う。

蛍の光は4拍子だが、「別れのワルツ」はワルツだから3拍子だ。

この曲、今でもパチンコ屋をはじめ大型店の閉店時には欠かせない曲で、隠れたベストセラーなのだという。

映画の公開当時、、コロンビアがレコード化しようとしたが音源がなく、古関裕而に採譜と編曲を依頼。

出来上がったのが、このレコードだった。

ユージン・コスマン楽団などという楽団はなく、日本人で編成したバンドに、古関裕而の名前をもじってつけたのだという。

なお、昭和27年にNHKのラジオで放送されて大ヒットした「君の名は」は、戦時下に数寄屋橋で男女が出会い再会を誓うという恋物語で、「哀愁」とシチュエーションは同じだ。

その「君の名は」の主題歌、挿入歌(イヨマンテの夜、黒百合の歌、など)も古関裕而が作曲しているというのも面白い。

栄冠は君に輝く

ライブの最後は、会場のみんなが声を合わせて「栄冠は君に輝く」の大合唱。

甲子園に負けない大きな声が、小さな会場内に響いた。

阪神タイガースの球団歌「六甲おろし」や「巨人軍の歌」も古関裕而の作品で、そのどちらも名曲であるというところが凄い。

さすがにライブの中ではお互いのファンに配慮してか、この日は紹介されなかった。

とにかく、古関裕而の作品の幅の広さには驚くばかりだ。

作品の中には、私のカラオケでの愛唱歌も数多くあり、私の好きな作曲家の1人だ。

「別れのワルツ」が、パチンコ屋さんで閉店の際に今も流れているかどうか分からない。

でも、今も日本のどこかで、閉店を告げる音楽として流れ続けているような気がする。


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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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