「義足のランナー」~身内の方からの便り



義足のランナー

このブログを見た方から、「義足のランナー」という本を送っていただいた。

本を送っていただいたのは、この本の主人公「島袋 勉さん」の義理の弟さんにあたる方。

私は2月27日付けのブログに、「東京マラソンで印象に残ったランナーたち」を紹介したが、その中に島袋さんの走る姿も入っていたのだ。

その写真をご覧になって、「ブログや著書などの中で紹介したいが、許可を貰えますか」という連絡をいただいたので、

「私のつたない写真でよければ、どうぞお使いください」と返事をさせてもらった。

この本は、そのお礼だったのだ。
これまでにテレビなどで紹介された番組のDVDなども入っていた。

この写真を見てのお便り

これが、私の写した東京マラソンの時の写真。

実は島袋さんは、「世界で初めて、義足でフルマラソンを完走した人」だったのだ。

TV番組「アンビリーバボー」などで紹介されたから、ご覧になった方もいるだろう。

沖縄で自動車保険や車検、新車販売の会社を経営する島袋さんが義足となったのは、踏切事故のためだった。

2001年4月、踏切を渡っていて転倒、記憶を失っていたところを電車にひかれ、両足をひざ下から切断してしまったのだ。

しかし、島袋さんは義足をつけリハビリをする中で、大きな夢を持つ。

「フルマラソンを走ってみたい」という夢だ。

スポーツジャーナリストの増田明美さんは、島袋さんとの対談の中で「やっぱり42.195キロって長いですよ。

昔の人は語呂合わせで”死にゆく覚悟”って言ったそうです」

と語っているが、私の体験でもまさにその通りだと思う。

健康な人、マラソン完走に向けて練習を積んだ人でもフルマラソンの距離は長い。

私が初めて完走した時、ゴールに入ってからしばらくの間、足が痛くて歩くこともできなかった。

島袋さんは、義足と足の接合部の痛みに耐え、義足の改良に取り組みながら必死の練習を続け、2004年のホノルルマラソンに出場する。

言い訳をしないがモットー

ホノルルマラソンには制限時間がない。

島袋さんは12時間59分29秒というタイムで完走を果たした。

以来、オーストラリアのゴールドコースト、ニューヨークシティマラソンなど数多くのマラソンに出場、完走している。

更に、そマラソンだけでなく、自転車競技や富士山登山などにも挑戦し続けている。

この写真もお送りした

先日の東京マラソンのタイムは、ネットタイムで6時間08分35秒だった。

立派な、というより凄いタイムだ。

凄いのはそれだけではない。

なんと、東京マラソンからわずか2週間後の京都マラソンにも出場するということだ。

つまり、今日3月10日がレース当日だ。

私は、以前2週間後のフルマラソンは体力的にとても無理だと思い、エントリーしていた大会を棄権したことがあった。

何故、それまでして島袋さんは走り続けるのか?

増田明美さんとの対談の中で、その理由を次のように話している。

「足が傷ついたり、痛みがひどかったり、どんなに苦しい状況でもあきらめないで最後まで続けるという習慣をつけたいので走っているんです」

そして、こんな人生観も語っている。

「学校や企業に呼ばれてお話しすることも多いんですけど、”あきらめない”、”言い訳をしない”ということを強調しています。

私は”足がないからできない”と自分の障がいで言い訳しないようにしています」

「こんな大きな事故に遭って、運が悪かったと考えるか、助かってよかったと考えるか、それだけで人生は大きく変わってくると思います。

私がけがをして変わったとすれば、人はいつ死ぬかわからないんだから、やりたいことを先延ばししてはいけない、ということを強く感じるようになったことですね」


島袋さんのこうした言葉に、私も大きな力を貰った。

島袋さんのこれからの挑戦に、心からのエールを送りたい。
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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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