新しい歌舞伎座 竣工

竣工式翌日の歌舞伎座

新しい歌舞伎座の竣工式の翌日、建物の前を走った。

この日は、3月3日に亡くなった十二代市川団十郎さんの本葬の日でもあった。

近くを通行する人の多くが、新しい建物をカメラに収めていた。

2010年5月

こちらは今から3年ほど前、2010年5月に撮影した先代の歌舞伎座の写真。

建て替え寸前の時だ。

この建物ができたのは昭和25年の12月、前の建物が東京大空襲で全焼したあとを受けて作られた。

昭和27年(1952)には、ここで美空ひばりが女性として初めて歌舞伎座の舞台に立った。

1980年代までは、小林旭、三波春夫、森昌子などがここで公演をしたが、1993年(平成5)以降は通年で歌舞伎を興行してきた。

銀座一の高いビル

これは、去年(2012)4月、昭和通りの交差点から撮影したもの。

劇場の後ろのオフィスビルが、どんどん高さを増していった。

正面から見た建物

オフィスビルの最上階は29階、銀座一の「のっぽビル」だという。

正面から撮った写真だが、高すぎて全体を写しきれないほどだ。

このビルは、大震災の時に、帰宅困難者の一時避難場所としても使われるということで、3000人を収容することができると、歌舞伎座のホームページに書かれてあった。

向こう1年の興行予定

歌舞伎座の前には、4月から向こう1年間の興行予定の案内が出されていた。

歌舞伎界は、中村勘三郎さんと団十郎さんという二人の大看板を失ったばかり。

その中で、新しい歌舞伎座は新たな歩みを始めなくてはならない。

2月27日の団十郎さんの本葬では、団十郎さんがパソコンの中に残していた「辞世」が紹介されたとニュースが伝えていた。

「色は空 空は色との 時なき世へ」

               というものだ。

団十郎さんが残した言葉は、「色即是空 空即是色」の世界観を意識したものと私は受け取った。

「時なき世へ」というのは、「時」のある現世とのお別れの言葉なのだろうと思う。

そして、こうして辞世を残すということ、

人生へのメッセージを言葉にしてこの世とお別れをすることの大切さを、改めて感じさせられた。

電光標示

入り口の前では、4月2日の杮落し興行初日までの「とき」が表示されている。

新しい歌舞伎座の開場まで、あと一か月余り。

新しい小屋の新しい歴史が、間もなく始まろうとしている。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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