双十郎河岸~団十郎ゆかりの地名

日本橋の橋脚

お江戸日本橋の上を通る高速道路の橋脚。

「いつの世も 道の起点は日本橋」と書かれたカラフルなポスターが張られている。
2020年東京オリンピックの招致をPRするものだ。

画面右手、橋のたもとに桟橋が見える。

その河岸に、2月3日に亡くなった市川団十郎さんに因む名前がついている。

南岸の桟橋

日本橋川を挟んで対岸は、日本橋魚市場跡だ。

それまで、こちら側の河岸に名前はなかったが、2011年、「双十郎河岸」と名付けられた。

「双十郎」とは、東西歌舞伎の大名跡 西の四代・坂田藤十郎、東の十二代目・市川団十郎の名から来ている。

双十郎河岸

碑が建てられた2011年は、明治44年に第二十代の日本橋が架橋されてからちょうど100年。

この地に往時の舟運と親水の賑わいを取り戻そうと桟橋を設け、その「開桟行事」に二人を招いて「船乗り込み」を催した。

その際、この地を俗称「双十郎河岸」と命名したのだった。

船乗り込み

「船乗り込み」というのは、歌舞伎興行の際、役者がご当地到着を船に乗ってお披露目する伝統行事のことだという。

定期船の時刻表

現在、この「双十郎河岸」からは、日本橋川を経て、神田川や隅田川などを巡る定期船が運行されている。

江戸の舟運コースを体験する観光コースの基地の一つとなっている。

助六の人形

これは、両国にある「江戸東京博物館」に展示してある歌舞伎「助六」の人形。

助六は歴代の市川団十郎が得意としてきた演目。

日本橋架橋100周年の記念公演で団十郎は、”魚河岸の旦那衆の河東節で歴代の団十郎が演じてきた「助六由縁江戸桜」を素踊りで披露した”という。

そして、「助六」は4月にこけら落とし公演が行われる新しい歌舞伎座で演じるはずだった演目でもある。

ニュースによれば、十二代目の棺の中には
助六の衣装と紫の鉢巻が収められたと書いてあった。

初春大歌舞伎

今年1月、新橋演舞場で新春大歌舞伎を見る機会があった。

「仮名手本忠臣蔵」七段目で大星由良之助を団十郎が演じることになっていたが、病のため休演だった。

そして、このたびの訃報。まだまだ見事な芸を見せてほしかっただけに残念だ。

ご冥福をお祈りしたい。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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