雪の朝倉氏遺跡へ


朝倉氏遺跡へ

大親友のいる福井に行ってきた。歯を治療するためだ。

ここ何十年も、歯の治療の必要があれば、福井の友人に治療してもらっている。

急いで処置してもらったりの無理な注文にも応じてくれるので、新幹線に乗って行くだけのメリットがあるのだ。

昼食に、福井のおいしい「おろしそば」をご馳走になったあと、「朝倉氏遺跡」を案内してもらった。

白戸家のふるさと

朝倉氏遺跡は、以前にもこのブログでご紹介した。

ソフトバンクのCM「白戸家のふるさと」で紹介されているから、ご覧になった方も多いことだろう。

福井市の郊外、美濃街道で大野市方向へ向かう途中、一乗寺川に沿った山間の地にある戦国武将「朝倉氏」の遺跡だ。

唐門が見えてきた

朝倉氏の5代義景は、のちの15代将軍・足利義昭を一乗谷に迎え歓待する。

朝倉氏は時の有力大名の1人であったが、天正元年(1573)、織田信長に敗れて滅亡し、一乗谷の町は焦土と化してしまう。

そして、戦国城下町の街並みは、その後400年にわたって埋もれて残されてきたが、昭和46年以来今日まで、発掘・整備が進められている。

朝倉義景の館の跡に建つ「唐門」。ここが館の入り口にあたる。

唐門は義景の館にあったものではなく、義景の菩提を弔うために滅亡後に作られたものという。

訪れる人は少ない

門を入ると、背後の山の斜面近くまで館の建物が立ち並んでいた。

雪のないころに訪れると、発掘された礎石から全体像がわかるのだが、今は雪に覆われて何も見えない。

お地蔵さん


館の周辺には4つの庭園があり、国の特別名勝に指定される素晴らしいものだ。

しかし、今回は雪が深くて、訪ねることはできなかった。

石仏も、だいぶ雪に埋もれていた。

雪道

冬の間、北陸ではこの日のような鉛色の雲に覆われ、明るい陽射しが頭上に輝くことはあまりない。

友人のお父さんは、この冬、太平洋側の名古屋に行き、雪のない風景を見て「天国だ」と話していたそうだ。

90の高齢になって車の運転もやめた今、雪で買い物に行けないのがつらいということだ。

私も、北陸・東北の暮らしが長かったから、その気持ちはよくわかる。

この時期、日本海に面した越前海岸では、水仙が花咲く時期を迎える。

日本海の怒涛が押し寄せ、横殴りの雪が吹き付ける中、海沿いの急斜面に水仙は可憐な花を咲かせるのだ。

清水門。

福井から帰った翌日、皇居の清水門の近くを走っていたら、水仙が咲いているのを見つけた。

越前海岸に咲く水仙と同じ種類の水仙だ。

こちらは、明るい日差しをいっぱい浴びて育っている。

太陽のありがたみを感じると同時に、雪国に暮らす人や水仙に「エール」を送りたい気持ちになったのだった。


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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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