「さざれ石の巌となりて」~君が代の石


君が代は、小学校のときから式典や卒業式などで歌ってきたが、実は歌詞の意味を知ったのは社会人になってからのことだったように記憶する。

「君が代」の詞は、古今和歌集に詠み人知らずとしてのっている和歌だが、

音を聞くだけで歌詞の意味をつかむのは難しい。

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌(いわお)となりて
苔(こけ)のむすまで

特に

「さざれ石の
巌(いわお)となりて」の部分は、

歌では「さざれ」と「いしの」が離れているから「さざれ石」ということであるのを、ずっと知らずに歌っていたのだ。

その「さざれ石」の実物に初めて出会ったのが、石川県小松市にある「安宅住吉神社」だった。

以前も紹介したことがあったが、その後東京でも見かける機会があったので、まとめて紹介したい。

勧進帳の銅像

石川県小松空港のすぐ近くに「安宅関」址がある。

歌舞伎の「勧進帳」の舞台になっていることから、「弁慶、富樫、義経」の像が立っている。

安宅住吉神社は、そのすぐ隣にある。

さざれ石

神社の前、駐車場に「さざれ石」が置かれている。

「さざれ石」とは、近くの説明には

「地質学上では石灰質角礫岩といい、鐘乳液を含む石灰岩が雨水に溶解して乳状液となり、砂や大小の石を集結して次第に大きく成長したもの。

昭和36年岐阜県揖斐郡春日村(平成5年に、合併で揖斐川町になった)で発見された。
春日村、および岐阜県指定の天然記念物となっている」と書いてある。

つまり、小さい石が、大きく「巌」に成長するまで、さらにその上に苔が生えるまでの長い間、「君」の御代が続きますようにということだ。

山王日枝神社

ここは、千代田区永田町にある日枝神社。

徳川家康が江戸に移封されたとき、江戸城の鎮守としたという由緒を持っている。

日枝神社で隔年行われる「山王祭」は神田祭、深川祭と並んで、江戸三大祭の一つといわれるとのこと。

さざれ石

この神社の境内にも、さざれ石があった。

写真で見る伊勢市二見浦の「夫婦岩」のように、細い紐がかかっていた。

そもそも「君が代」が国歌として扱われたのは明治初期のこと。

諸外国から開国を迫られた幕末以降、「国歌」が外交儀礼上欠かせないものとなっていたため、明治維新後の1880年(明治13年)に曲がつけられ、以後「君が代」は国歌として扱われるようになった。

しかし、正式に「君が代」が国歌とされたのは、1999年(平成11年)に国旗及び国歌に関する法律が制定されてからのことだ。


「君が代」という言葉については、主権在民の現憲法下にはふさわしくないとする意見もある。

これに対して日本政府の公式見解はどのようなものか、ウィキペディアには次のように書かれている。


「(「君」とは)『日本国憲法下では、日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する国民の総意に基づく天皇のことを指す』

『「代」は本来、時間的概念だが、転じて「国」を表す意味もある。「君が代」は、日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のこととなる』

ということだ。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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