銀座八丁神社めぐり

銀座8丁目

銀座・中央通りの南端の銀座8丁目。

土・日・祝日の銀座の歩行者天国は、ここから始まる。

警視庁のホームページには「”歩行者天国”は、昭和45年8月、銀座で実施されたのが始まり」と書いてある。

念のためウィキペディアで調べると、
「旭川市平和大通りで、昭和44年(1969)8月6日から12日間、実験的に実施されたのが始まりである。
都内では、昭和45年8月2日、銀座、新宿、池袋、浅草で初めて実施された」と書いてある。

ともかく、銀座の歩行者天国は全国でも、極めて早い時期に始まったといえるだろう。

歩行者天国によって、”いわゆる「買い食い」が、日常の中で当たり前の出来事になっていった”とも書かれていた。

そういえば、それまでは、どちらかというと「みっともない」行為でしたね。

銀巴里跡

銀座中央通りを北上していく。

7丁目の交差点を右に入るとすぐ、「銀巴里跡」と書かれた石碑がひっそりと建っている。

シャンソンのライブハウスとでもいうお店で、美輪明宏も歌っていた店だ。

学生の頃、一度だけ行ったことがあった。

もしかすると「丸山明宏」が出演するかと期待して入店したのだが、当日の歌い手は仲代達矢の弟の仲代圭吾さんだったことを覚えている。

今はもう、遠い過去の場所になってしまった。

銀座4丁目、三越

銀座4丁目、三越の入り口に「銀座出世地蔵尊」の案内がある。

三越の屋上に鎮座しているとのこと。

いつも素通りしていたので、今回はちょっと寄ってみることにした。

和光

エレベーターを降り、外を眺めると、道路反対側にある「和光」の時計が見える。

いつも見上げていたものを目の高さで見ると、少し変な感じだ。

出世地蔵尊

木や花も植えられている「銀座テラス」に祀られている「銀座出世地蔵尊」。

明治初年、三十間堀川の開削中に、地中から地蔵さんの石造を発掘した。

地中から世に出たことから、出世地蔵尊といわれていると由来には書いてある。

ちょうど、11月1日から4日まで、銀座にある神社を巡る「開運スタンプラリー」が開かれていて、お参りの人にスタンプを押していた。。

スタンプラリー

これは、そこでもらったパンフレットだ。

銀座にある10社のうち、稲荷神社が8つもある。

稲荷社は、京都の伏見稲荷大社が総本社。

食物、農業、商業、殖産などの神様とのことで、銀座という町にはふさわしいと思った。

あづま通り

三越からすぐ近く、銀座5丁目にある「あづま稲荷神社」を訪ねてみることにした。

中央通りの東を並行して走る「あづま通り」を入ると、美白の「鈴木その子」の像が建っていた。

その先の小路を東に入ると、小さな社が見えてくる。

あづま稲荷神社

由来を見ると
「戦後、あづま通り、三原小路に火災が続発した。
調べてみると、この一角にお稲荷さんが祀られていたことが判明。


『あづま稲荷大明神』を現在地に祀ったところ、以降、まったく火事はない」と書かれていた。

地図

銀座にある神社を記した地図を見ていて、一つ面白いことを発見した。

それは銀座にある3つのデパートの屋上に、それぞれ神社が祀られているということだ。

銀座3丁目の松屋は「龍光不動尊」。龍光が流行に通ずることから、ファッションにご利益があるとのこと。

4丁目の三越は「出世地蔵尊」。「祈願して成就せざるはなし」という。

そして6丁目の松坂屋は「靍護(かくご)稲荷」。「関東大震災などの火災から守ったことは有名」との説明があった。

それにしても近代的なデパートの屋上に、神社が鎮座しているのは意外な感じもした。

しかし、「人事を尽くしたうえで、なお謙虚に天命を待つ」というのは、商売人に必要な心得かもしれないと、ふと思ったことだった。

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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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