桜木町駅は昔の横浜駅


桜木町駅

京浜東北線に乗り、桜木町駅まで行った。

明治5年、新橋~横浜間に汽車が初めて走った時の横浜駅は、今の桜木町駅だった。

桜木町駅の近くにある記念碑を見るためが、訪ねた1つの理由。

もう一つの理由は、来月出場する第1回「富士山マラソン大会」に備えて、少し長距離の練習をしようと思ったのだ。

周辺の見物のあと、走れるところまで走るつもりだった。

ところが結局、横浜市内をあちこち見学して疲れてしまい、川崎までしか走ることはできなかった。
ということで、今回は桜木町とその周辺で撮った写真の紹介だ。

修学旅行列車

桜木町駅の構内、改札口の付近には昔の写真が10枚近く飾られていた。

これは、修学旅行専用列車の「ひので」。

昭和30面代半ばに、私も「ひので」に乗って京都・奈良の修学旅行に行ったことを思い出して、懐かしかった。

シュウマイ売り

プラットホームでシュウマイを売る若い女性の写真。

いつ頃の写真だか、撮影年は書いてないが、これも懐かしい。

汽車の窓を開けて、、シュウマイを買って食べた楽しい思い出。

ひょうたん型の小さな醤油入れを、いくつも集めている人がいた。

記念碑

改札口を出て「関内駅」方向に行くと間もなく、「鉄道発祥の地」記念碑が見えてくる。

当時の横浜駅は、この付近にあったという。

この記念碑には、開通当時の「乗車心得」のようなものが刻まれていて、読んでみるとなかなか面白い。

乗車心得

これがそうだ。

少々読みにくいので、そのうちの一部をご紹介しよう。

冒頭部分

これでも。まだ読みにくい。
内容は、こうだ。

「来る五月七日より此表示の時刻に、日々横浜並に品川ステイシヨンより列車出発す 乗車せむと欲する者は遅くとも此表示の時刻より十五分前にステイションに来り 切手買入其他の手都合を為すべし」

発車の15分前までには来て、切手買入れなど必要な準備をしておきなさいということだろう。

そして、

発車などの時刻にはなるべく遅れないようにせよ。

切符の通用は、当日の一回限りである。

4歳までは無料。
12歳までは半額。

犬は一匹につき25銭を払うこと。

そして、旅客車に乗せることはできないので、犬箱などに入れて運ぶこと。

発車時間を遅らせないため、発車の5分前に駅の戸を閉めること、などが書かれている。

そして

「吸煙車の外は煙草を許るさす」とあるから、喫煙できる車両は、一部の車両に限られていたようだ。

等々、当時の様子がうかがえて面白かった。

モレルの桜

記念碑の横に「モレルの桜」と書かれた木があった。

モレルとは、イギリス人の鉄道技術者で、日本の鉄道建設に力を尽くしたエドモンド・モレル(1840-71)のこと。

モレルは新橋-横浜間の鉄道建設のため、明治3年に日本に着き、鉄道レールの軌間を1067mmの狭軌に定めたほか、日本に豊富な木材を鉄道の枕木に用い、鉄道建設を進めた。

エドモンド・モレル

モレルは、当初計画されていたイギリスの鉄製の枕木を使用せず、外貨の節約や国内産業の育成に貢献したことから、「日本の鉄道の恩人」とたたえられているという。

モレルは鉄道が開通する前年の明治4年、横浜で病気のため亡くなっている。
満30歳という若さだった。

ここでも日本の近代化に力を尽くし、彼らにとっては異国である日本で死んでいった外国人の足跡に出会うことになった。

「そういう人が日本で生きた歴史があった」こと、

その歴史を知り、語り継いでゆくことが、彼らの供養になるのだろうと思う。

植えられていた木は、「横浜緋桜」という桜。

モレルの生誕170年を記念して、去年植樹されたものだ。

ケンロクエンクマガイ(ヤマザクラの変種)とカンヒザクラの交配種が横浜緋桜。

それは、こんな花だった。

横浜緋桜
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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