江戸時代の防災情報?

今日は防災の日。
私たちは、過去の災害から教訓を学び、今後の暮らしの中で生かしてゆくことがとても大切だ。

下町・深川の運河沿いを走っていると、こんな碑に出会った。津波警告
「津波警告の碑」と書いてある。
ここは、江東区牡丹3丁目の、平久橋のたもと。
真ん中の黒い石が江戸時代に建てられた「警告」の碑だが、風化したため何が書いてあるのか全く読み取れない。

説明

説明板には「波除けの碑」とあり、「寛政3年(1791年)9月、この地域一帯が高潮に襲われ多数の死者が出たため、幕府はこの辺りの土地を買い上げて空き地とした」とある。

どうやら、これは「津波警告」というより「高潮警告」だったのではないか。
というのも、説明には「襲来した高潮によって・・」とあり、大地震があったという記述がみられないからだ。

ご存知のように、「津波」は地震によって引き起こされるもので、
「高潮」は台風や低気圧がその原因だ。

東京湾に、最大でどの程度の津波が押し寄せるのか、東日本大震災以来、私にとって大きな関心事の一つだ。
その意味で、この碑に語られた災害が「津波」によるものなのか、それとも「高潮」なのか、とても関心がある。

東京湾は、太平洋に対して入り口を狭めた形をしているので、比較的「津波」が侵入しにくいのではないのかと、私は思い込んでいる。
もし、過去に大津波で大きな被害が出ていたとすると、私のそうした考えを改めなければならない。

そこでネットで「日本の地震津波年表」を調べたところ、やはり1791年には、地震津波の記録はない。

日本気象協会がまとめた「今回の(注、東日本大震災のこと)地震津波の概要(速報)」によると、「有史以来、最大級の規模の津波であることは確実である」と述べたうえで、「津波の高さは、最も奥の東京港で1.3メートル。東京湾のような閉鎖性内湾であっても奥まで津波が侵入することがわかる」としている。

他方、東京湾での高潮について、防災科学技術研究所の研究員は「伊勢湾台風級の台風が来襲した場合、3メートルの高潮が発生する恐れがある」と発表している。

平久橋

いずれにせよ、災害の被害を少なくするには、過去のデータから今後の危険性を予測し、それに対する備えをしておくことに尽きる。

従って、この碑に記された災害の原因は一体なんだったのか、そして、波の高さはいったいどのくらいだったのかを正しく後世に伝えることは、とても大事だ。

「江戸時代に発せられた防災警報」を、次代の人たちの役に立つものにするため、
もう少し詳しくて正確な説明を、この碑の横に加えてほしい。

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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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