140年後の新橋停車場~汐留


鉄道開通140年

これは横浜駅で見かけたポスター。

日本初の鉄道、新橋~横浜間の鉄道の正式な営業が始まったのは、明治5年(1872)10月14日。

それから今年でちょうど140年になるのを記念して作られたポスターだ。

当時の新橋駅は現在の汐留にあり、駅舎があった場所には当時の停車場の建物などが復元されている。

汐留のビル群

旧新橋停車場は、港区・汐留のビル群の合間に埋もれるようにして建っている。

この右手のビルは、パナソニック東京汐留ビル。

旧新橋停車場があったのは、この建物の先あたりだ。

復元した停車場・正面

復元された新橋停車場は、正面から見るとこんな様子。
うしろの大きな建物は汐留シティセンターだ。

そして開業当時の建物はこんな様子だった。

開業当時の建物

こうしてみると、開業当時もなかなか立派な建物であったことがうかがえる。

正面入り口から中に入ると、その先にプラットホームが続いていた。

プラットホーム

駅舎の後ろには、プラットホームの一部も復元されている。

実際のプラットホームは全長151メートル余りあったというが、復元したのはそのうちの25メートル。

開業当時の写真も残っている。

開業直前

復元した場所は当時と全く同じ場所だが、開業当時の写真を見ると、あたりは殺風景な景色が広がっていて、あまり人の気配は感じられない。

そして、いかにも地盤が悪そうだ。

汐留という名前の通り、海の汐がすぐ近くまで迫っていたことを感じさせる。

レールもある

レールの一部も復元されている。

ここから横浜駅(旧横浜駅は現在の桜木町)までの距離は29キロ。

開業当時の所要時間は53分だった。

マラソンの一流選手でも1時間27分程度かかるから、当時の人々にとってはかなりのスピードに思えたのではないだろうか。

因みに、現在の京浜東北線では、この間の所要時間は38分だ。

0マイル標識

線路の起点には「0マイル標識」がある。

「旧新橋横浜間鉄道 創設起点跡」として国の史跡に指定されている。

この駅は、1914年(大正3)、東京駅に旅客ターミナルの機能が移ったため貨物専用駅になり、駅名も「汐留駅」と改称した。

「新橋駅」の名前は、それまでの「烏森駅」が引き継ぎ、現在に至っている。

そして1986年(昭和61)、汐留駅はその使命を終えて廃止され、跡地は再開発されて未来都市を思わせる地区に生まれ変わったというわけだ。

鉄道歴史展示室

「旧新橋停車場」の中にある「鉄道歴史展示室」では、定期的に鉄道の歴史にまつわる企画展示を行っている。

私も、時々展示を見せてもらっているが、見終わって外に出てくると、いつも思うことがある。

「本当に、ここに新橋停車場があったとの?」ということだ。

汐留の街並み


鉄道ゆかりの遺構がほんの少し残っていても、ビルの谷間に埋もれて目立つことはない。

視界に入ってくるのは、新しくて巨大なビルばかり。


まるでタイムマシーンにでも乗って、未来都市に迷い込んだようだ。


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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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