青山霊園で見かけた墓碑①~忠犬ハチ公


青山霊園

先日、港区の青山霊園の中の道を走った。

青山霊園の真ん中を通る道があり、青山通りから西麻布に抜けることができる。

その時、画面奥に通じる道路の右手に「外人墓地」があることを知った。

日本の文化・経済等の発展に貢献した多くの外国人が、彼らにとっては異国のこの地で眠っているのだ。

そうした外国人を顕彰する碑も建っていた。

その日は日没で暗くなっていたので、日を改めて訪ねてみることにした。

こんな碑が

青山霊園には、数多くの「名の知れた人たち」の墓がある。

外人墓地を訪ねる前に、この霊園内にあるいくつかの墓を訪ねることにした。

まず、訪れたのは「忠犬ハチ公の碑」だ。
外人墓地から道路を挟んで反対側のブロックにあった。

「忠犬ハチ公」といえば皆さんご存知のはず、
渋谷駅前の銅像は「待ち合わせの名所」として知られている。

その「ハチ公」を偲んで建てられた碑は、飼い主の墓の横に建っていた。

飼い主の墓

飼い主は東京帝国大学・農学部教授の上野彦三郎という人で、現在の渋谷区松濤に住んでいた。

「忠犬ハチ公」の話を簡単に紹介するとこんな話だ。

物語は

ハチは上野家で飼われていた犬のうちの一匹。
秋田県大館で生まれた秋田犬だ。

生まれて間もない大正14年(1925)、秋田犬を飼いたいと思っていた上野彦三郎に買い受けられ、とても可愛がられた。

上野教授は、出かけるときには常に渋谷駅までハチを伴っていたのだったが、その翌年、上野氏は病気で急死してしまう。

死後、ハチは毎日、渋谷駅前で主人の帰りを待ち続ける。

その姿が新聞に紹介されると人々に感銘を与え、「忠犬ハチ公」と呼ばれるようになる。

昭和9年(1934)には、渋谷駅前にハチの銅像が建てられ、その除幕式にはハチも参加している。

ハチは除幕式の翌年に死亡したが、戦前の尋常小学2年生の修身の教科書に「恩を忘れるな」と題して登場し、「忠犬」として広くその名を知られることになった。

墓の隅に

上野彦三郎氏の墓地の一角に、犬の置物が置かれ、花が供えられている。

線香を備えるところもある。
どなたかが、お参りしたあとがあった。

剥製が

これは、上野の国立科学博物館にある「ハチの剥製」。

こうしてハチは、剥製となって残されている。

国立科学博物館の人気の展示物の一つだ。
博物館に入館の時にもらったパンフレットにも展示場所が書いてあった。

碑の場所

「忠犬ハチ公の碑」のあるところは、青山霊園の中ほど、「外人墓地」のある所から道路を挟んで反対側に少し入った場所だ。

ヘンな人に注意

霊園内のところどころに、こんな注意書があった。

公園の中ほどの通りは車の通行量もかなりあり、ジョギングをする人たちも少なくはない。

とはいえ、決して明るい所とも言えない。

ということで、暗くなってからの通行には、どうぞご注意を。






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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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