雲の思い出~北海道

岩保木水門

7月下旬から、東京の夏を避け、夏の最高気温の平均が21度前後という釧路に行っていた。

ここなら涼しくて真夏の日中でも走ることができる。

7月29日、新釧路川をさかのぼり岩保木水門まで走った。
ここは釧路湿原の真ん中。

洪水が多かった釧路川はこの水門で以前の流れがせき止められ、画面左手の方向に新たに新釧路川を開削して流れを変えた。

昔は、幻の魚「イトウ」を釣ろうとする釣り人の姿をよく見かけた場所でもある。

そろそろ夕日が湿原に落ちようとする頃、
この日、ここには私の他に誰もいなかった。

雲が、少しゴッホのタッチに似ているような感じだった。

新釧路川

それから6分後の18時39分、新釧路川の川面を見に近づいてみると、暗闇が迫ってきていた。

静寂があたりを包んでいた。

厚い雲の切れ目から、夕焼けに染まった空がわずかに見えた。

釧路湿原の夕日

8月14日、釧路湿原を一望できる「細岡展望台」に、夕日を見に行った。

絵になりそうな見事な夕日を見ることができた。

ここでしか見ることのできないスケールの大きな光景だと思った。

厚岸望洋台

8月17日、釧路から東へ車を走らせた。

これは、厚岸町の海岸沿いにある「望洋台展望台」からの風景。

空全体を白い雲が覆い、その左下に小さく大黒島、右側には尻羽岬が見える。

西別港

伊能忠敬が、日本地図作成のために到達した最東端の場所は、現在の別海町本別海というところ。

このブログでも、その碑が立つ場所を紹介したが、ここはその場所から近い。

西別川の河口にある西別港だ。

伊能忠敬がこの地を訪れた時は秋の鮭漁で賑わっていたが、8月中旬のこの頃は時が止まったように静かな光景が広がっていた。

トドワラ

オホーツクの海沿いに北上して、野付半島に向かった。

ここは、トドワラという観光名所。
海辺に生えていたトドマツの木が、地盤の沈降で海水につかり立ち枯れした姿を見せている。

その場所まで馬車が走っている。

風が爽やかだった。

羅臼の山小屋

知床横断道路を羅臼からウトロへ向かう。

羅臼ビジターセンターの裏の方に間欠泉があり、その横に山小屋が立っている。

この山小屋には、昔私が親しくしていただいた山男が住んでいた。

その人は、レコード会社の課長まで勤めながら、知床の山に魅せられて会社を辞め、この小屋を買って住んでいたのだった。

知床の山を歩いて詳しい地図を作っていたので、それを私も利用させてもらったり、一緒に知床の山の中を歩いたりもした。

この小屋には温泉が引かれ、山歩きの後には、よく入らせてもらったものだった。

その人は、私がこの地を離れたあとも、私を訪ねてくれたりしていたが、その後まだまだ若い年齢で亡くなられた。

今、山小屋はほかの人の手にわたり、その当時に比べて小ぎれいになったが、昔の懐かしい面影を今も残していた。

当時を思い出し、とても懐かしく、そして寂しく思ったものだった。

知床峠

知床横断道路をウトロに向かい、知床峠につくと、羅臼岳が懐かしい姿を見せていた。

今から四半世紀前、人がまつたく入りそうもない羅臼岳のふもとの川で釣糸をたれたことがある。

釣り針に葉っぱをつけて川に流したのだが、虫と間違えて鮭鱒系の魚が飛びついてきた。

その時も、その人がガイドとして付いてくれていた。

声を出してクマに挨拶をしながら、歩いたことを思い出す。

この日の羅臼岳の雲も美しかった。
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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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