「神輿を担ぐ」ということ~芝・新堀

いざお神酒所へ

港区芝大門にある芝大神宮(神明様)の例大祭が行われた。

16日は、氏子各町の神輿が神社に勢ぞろいする日だった。

氏子町会の一つである芝新堀に新たに縁が出来た若い衆が2人、家族と共に今年初めて神輿を担ぐことになった。

半纏の下に着るダボシャツに、胸には名札を付け、足元はエアー入りの「飛脚足袋」といういでたち。

これから、神輿の置かれた「お神酒所」に向かう。

半纏を着て帯を締める

お揃いの半纏を着るのに、カッコのいい帯の締め方を教えてもらう。

帯の締め方にはいろいろあるが、これは「巻き締め」という締め方。

幅広の木綿の帯を半分に織り、腰より下、お尻を巻くようにして締めるのが格好いいのだと教わる。

神社へ

いよいよ、神社へ向けて神輿の出発だ。

住居表示で、芝新堀町という町名は現在は存在しない。
住居表示で言うと芝2丁目と3丁目の一部に当たる。

町名はなくなったが町会は今も残り、祭り行事の他、火の用心の巡回や餅つきなどが行われ、地域住民の親睦を深める為の、大切な役割を果たしている。

気合が入った頭

神社の近くに来ると、ほかの町内の神輿も集まってきている。

ヘヤースタイルを見ても「気合」が入っているのがわかる。

三つ巴の模様をカットするのは難しそうだ。

背が高いとつらい

担ぎ手は、ほかの町に負けないように元気を出さなければならない。

でも神輿は重い、一人で担ぐわけにはいかない。

担ぐ人の背が、一人だけまわりより高いと、ちょっとつらいことになる。

がに股になって、膝が曲がり、姿勢がつらくなる。

こんな時、パワーあふれる担ぎ手が後ろに入ってくれると、とたんに楽になる。

元気のいい人が入ると

ハチマキをした屈強な若い衆が入ると、その瞬間、前の担ぎ手の腰がしゃんと伸びた。

こういう人が入ってくれると、心強い。

国際化が進む

ここの町会の神輿は、外国人の担ぎ手が目立つ。

今や、どの町内でも外国人の担ぎ手は珍しくはないが、ここは、少し比率が高いように見えた。

こうして、日本人と一緒に神輿を担ぐことで、互いのことを多少なりとも知ることができる。

そのためのいい機会だし、参加する外国人を温かく迎えてやることが大事なのだろう。

ドコモ女性が元気

新堀の神輿も、女性が元気だ。神社の近くでは、こんなにたくさんの女性が担いでいた。

今や女性は祭りの重要な支え手だ。昔のような裏方だけではなくなっている。

め組の喧嘩の半鐘

芝大神宮本殿の横には、「め組の喧嘩」の時に使われた半鐘が展示されている。

江戸の末期、芝大神宮境内の勧進相撲をきっかけに起きた「め組」と相撲取りとの喧嘩沙汰は、歌舞伎にもなって有名だ。

この半鐘は、喧嘩の際に鳴り、騒ぎを大きくした廉(かど)により遠島になったというもの。

島流しから戻ってからは、ずっと神社で預かっているという。

差し上げ

芝大神宮の氏子町内の合わせて15の神輿が、次々と神社境内に入り、神職のお祓いを受ける。

芝新堀の神輿は、14番目に境内に入ってきた。

神社の前で、神輿を高々とあげ、参道の人たちから盛んな拍手を受ける。

そして再び、神輿はそれぞれの町に帰ってゆく。

神社の人の話では、神輿の数は最盛期に比べて3分の1に減ってしまったという。

そういえば、隣町の松本町会からの神輿は今年は出ていなかった。

神輿が地元に帰ると、参加者たちは直会を通じて町内のいろいろな人と語り合い、知り合い、絆を深めてゆく。

こうして、昔から祭りが続いてきて、人々が互いを知り合ってきた。


そして、今年も新たな若い衆が、祭りを通じて芝新堀との縁を深める結果となった。

ほかの町内でも、こんなふうに絆が深まっていったに違いない。

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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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