東京タワー周辺 赤羽橋

よく考えてみると、東京タワーに行ったことのない日本人はほとんどいないのではないか。修学旅行、家族旅行、それぞれが何らかの思い出を持っているはず。
そこで、今回は、東京タワーのすぐ近く、広重の版画にも描かれた赤羽橋を紹介しよう。
昭和31年ころ
港区教育委員会が編纂した「写された港区」に載っている東京タワーの写真。昭和30年代初めころで、まだ建設が始まったばかり。
映画「3丁目の夕日」に、これと似た印象的な場面がありました。

警察官が立っている場所のあたりに立って、今の様子を写してみた。
平成23年
都電の電線はなくなってすっきりしたが、川の上には高速道路ができ、そこだけが窮屈だ。

古川
高速道路の下に行ってはじめて、川が流れていることを知る。
新宿御苑を源流の一つとして、上流では渋谷川とも呼ばれる、古川だ。

そして、ここは江戸時代にどんな様子だったのかというと、広重の描いた浮世絵が残っている。
広重
この橋を渡った正面(画面でいうと右手)にタワーが立ったということになる。
川の右岸に沿って建っているのは「水天宮」。
現在は中央区日本橋蠣殻町に移転しているが、もともとはここにあった。

この辺りは九州・久留米の有馬藩の上屋敷があり、水天宮は久留米から分霊し、まつられていた。
「情けありまの水天宮」、
安産の願いをかなえてくれるとして、江戸っ子の間で篤い信仰ををあつめたという。

現在のその付近の様子はこうなっている。
済生会
画面中央の建物と、右隣りの新しいガラスのビルは、済生会の中央病院。
初代の院長は、日本の細菌学の父と呼ばれた北里柴三郎。

ちなみに私の通った赤羽小学校も、有馬藩の屋敷跡にあり、今も校内には「猫塚」が残っている。
ちょうど、画面中央の済生会病院の裏手にあたる。

昔、入江たか子主演の「怪猫 有馬御殿」という怖い映画を見た記憶があるが、皆さんはいかが。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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