青山墓地も青山家所縁の土地だった


郡上踊りIN青山

6月30日と7月1日の二日間、港区青山で開かれた「郡上おどりIN青山」。

先日は写真でお伝えしたが、動画の編集ができたので、その様子を動く映像でぜひご覧いただきたい。

その前に、「郡上踊り」が港区・青山で踊られるようになった経緯を、もう一度お伝えしておこう。

港区・青山と「郡上おどり」を結びつけたのは、郡上八幡城主の青山氏だ。

郡上八幡城主であった青山氏の下屋敷と菩提寺の「梅窓院」が青山にあったという縁でこのイベントは始まった。

今年で19回を数える。

地図で、江戸(安政3・1856)と現代(平成8・1996)を見比べていたら、広い青山墓地は、郡上八幡・青山氏の下屋敷のあった場所だったことが分かった。

地図

上の地図が江戸末期のもの。

現在の国道246(青山通り)は、江戸時代の道とほとんど変わらない。

左下の「梅窓院」は青山家の菩提寺だが、江戸時代と比べて敷地は随分少なくなっている。

絵画館前の並木道は江戸時代にはないが、道を挟んで南側に郡上八幡城主・青山大膳亮幸哉(あおやまだいぜんのすけ・ゆきしげ)との文字が見える。

現在の青山墓地がすっぽり入る広さだ。

更に、その右のほうにも青山氏の屋敷地が見えるが、こちらは今の赤坂まで及んでいる。

そして、赤坂御用地の左にも「青山」という字が見えるが、これは丹波の青山氏の屋敷地。

郡上八幡の青山氏の本家筋にあたる大名だ。

まさに、港区青山は、江戸の頃から、青山氏一族と深いつながりがあったことがわかる。

青山との縁で

こうした縁で始まった「郡上おどりIN青山」、

今ではすっかり定着したようで、多くの人たちが会場の秩父宮ラグビー場に集まり、大変な盛況だった。

「郡上おどりIN青山」の様子は、先日写真でご紹介したが、踊りはやはり動画で見るに限る。

動画の編集ができたので、是非ご覧ご覧を。

当日の熱気が、きっと伝わるはず、

それではどうぞ。






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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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