忘れねばこそ、思い出さず候


駒形橋

隅田川中流部に架かる駒形橋。

画面左が隅田川の上流。

上流に架かる橋が吾妻橋で、下流は厩橋だ。

対岸には、スカイツリーや、アサヒビールの名物ビルも見える。

橋の名の由来

橋のたもとに、「駒形」という名の由来が書かれていた。

それによると、「駒形」とは、浅草寺に属する「駒形堂」に由来し、古来から交通要所の「駒形の渡し」があった場所であるという。

駒形堂とは、浅草寺の観音菩薩像が隅田川のこの付近で発見されたことから建てられお堂だ。

昔から多くの人たちの信仰を集めていたという。

そして、ここはあの有名な句に詠まれた場所であったことも説明に書かれていた。

「君は今 駒形あたり ほととぎす」

下流の厩橋を望む

駒形橋から、下流の厩橋の方向を見ている。

この句にまつわる物語を、昔、慶応大学の名物教授として知られた池田弥三郎さんの本で読んだように覚えている。

池田さんは、銀座の天ぷら屋さんの家に生まれた江戸っ子教授として知られていた。

私は、この句を「主(ぬし)は今 駒形あたり 時鳥」だったように記憶している。

一説には、この句は、吉原の遊女・二代目高尾太夫が仙台藩主・伊達綱宗に宛てて詠んだ句と言われているので、「主」のほうが私にはぴったりくるのだが。

「船に乗って吉原を後にした愛しいお方、今頃は駒形あたりにいらっしゃるのでしょうか」という意味だろうか。

ウィキペディアによれば、「高尾太夫(たかおだゆう)は、吉原の太夫の筆頭ともいえる遊女の名。高尾太夫は、吉原で最も有名な花魁で、その名にふさわしい遊女が現れると代々襲名された名前で、吉野太夫・夕霧太夫と共に三名妓(寛永三名妓)と呼ばれる。三浦屋に伝わる大名跡であった」とある。

江戸初期、吉原の太夫といえば、大名の相手も務まるほどの、和歌や文化の教養があったという。

そしてもう一つ、高尾太夫の言葉として伝わる有名な文句に、こんなのがある。

「忘れねばこそ 思い出さず候」

今でも通用する殺し文句だ。

意訳すれば

「『思い出す』なんて言うのは、愛しい人を忘れたことのある人の台詞。
私なんか、いつも心の中で思っているのだから、思い出すなんてとんでもないこと」とでもいうのだろう。

二代目高尾太夫は、時の仙台藩主に身請けされたが、愛しい人への義理立てをしたことで、切り殺されたとも云われているようだが、諸説あって事実かどうかよくわからない。

日本橋箱崎町には、2代高尾太夫を祀る「高尾稲荷神社」がある。
近いうちに訊ねてみたいと思っている。

戒殺碑

駒形橋の交差点わきにある「駒形堂」。

「浅草観音戒殺碑」と書かれた石柱が、境内に立っていた。

戒殺碑とは、殺生を戒めるいしぶみ。

江戸時代の碑

これが江戸時代の戒殺碑

この地が、浅草寺本尊の聖観世音菩薩が隅田川から発見された霊地であることから、元禄5年(1692)にこの付近を「魚鳥殺生禁断の地」とする法度が出された。

ちょうど、「生類憐みの令」の5代将軍・綱吉の時代だ。

DSC04543-1.jpg

この殺生禁断というのは、魚を取って暮らしている漁民たちにも適用されるのだろうか。

気になったので調べてみると、東京都公文書館所蔵史料「解読チャレンジ講座」の資料の中にこんなものがあった。

「趣味としての釣りを禁止する」という内容の文書だ。

「頃日釣り船多く出候。家業に致し候漁人は格別、慰みに釣り致し候者向後出候はば
御捕り成らるべき旨仰せ付けられ候
・・・」

「家業にしている者については特別の例外だが、楽しみで釣りをするものが今後あれば処罰される」と書いてある。

漁民や魚屋さんがいなくなったら、食生活は大変なことになってしまうので、さすがにそこまでの禁令とはならなかったようだ。

但し、釣りをしたとして取り調べられた武士が、「揚屋(あがりや)」という御家人や陪臣、僧侶などが収容される牢房に入れられたという記録が残っているという。

駒形堂

学校では、「生類憐みの令」について、人間よりも動物を大切にする「天下の悪法」と習った。

しかし、研究者の中には、一定の評価をする人もいるという。

その理由として、動物愛護法、保護責任者遺棄罪、児童虐待防止法として、現代でも同様の法令が制定されていることがあげられている。

アメリカ・カリフォルニア州で、7月1日からフォアグラの生産・販売が禁止され、レストランのメニューからフォアグラが消えたのも、現代版「生類憐みの令」と言えそうだ。

フォアグラを作るために無理やり餌を食べさせるのは、動物虐待にあたるというのがその理由だ。

確かに、このニュースを含め、子供や動物に対する虐待のニュースなどに触れると、頷ける点もなくはないかなと思う。

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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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