郡上八幡は青山ゆかりの地

郡上踊りin青山

今年で19回を数える「郡上踊りIN 青山」が開かれた。

岐阜県郡上八幡城主・青山家の屋敷と菩提寺が港区青山にあったという縁から、1994年にはじまった。

「青山」という地名も、この青山氏の名前からついたものだ。

秩父宮ラグビー場

踊りの会場は、秩父宮ラグビー場の駐車場。

正月恒例の全日本ラグビーフットボール選手権の決勝が行われるところだ。

踊る人でいっぱい

6月30日の夕方4時過ぎ、踊りに訪れた人たちでいっぱいだった。

「郡上踊り」は、見る人より踊る人の方が多いといわれるとおり、踊り手が会場のほとんどを占めていた。

下駄の人

浴衣に下駄姿の人たちをこんなに沢山見るのも、久しぶりだ。

言々バラバラ

郡上八幡の地元の人も、この中にかなりいるのだろう。

「郡上節」に因んだ浴衣が目につく。

首に掛けた手拭いに、ローマ字で「げんげん ばらばら」と書いてあるのが見える。
これは、郡上節の10曲のうちの1曲の題名だ。

江戸時代の御殿女中の手まり遊びが、踊りになったという曲だ。

提灯

郡上節・10曲の歌詞を調べていたら、なんと私の地元に関係する一説が見つかった。

それは「やっちく」という曲で、

青山氏が、丹後宮津から移封されて郡上八幡に入城するきっかけとなった、農民一揆の話が歌われている。

時は宝暦8年(1758)、前の城主・金森氏が、治世をおろそかにし農民に重税を課したことから、郡上一揆が起こり、領地没収の上、お家取り潰しになったというものだ。

その中で、農民が悪政を幕府に訴えようとするくだりに、こんな文句がある。

将監橋

「芝で名代 将監橋で 恐れながらと駕籠訴いたす」

なんと、我が家の近所、古川に架かる将監橋が直訴の舞台になったというのだ。

そんな事実が本当にあったのだろうか。

有名な郡上節の中にこんな文句があるとは、とてもうれしい。

一気に、郡上節が身近なものになった。

踊り手たち

そのほかにも、私にとって新しい発見があった。

「郡上八幡 出てゆくときは 雨も降らぬに袖しぼる」という有名な文句で知られる「かわさき」、
この文句の中に
が咲いたと都の便り 郡上は雪じゃと返す文」は、山形県の新庄節の文句とそっくり。

新庄節は「が咲いたと都の便り こちら雪だと返す文」だからほぼ同じ。

私は、新庄節独特の文句かと思っていたのだが
こうして、粋な文句は、いろいろなところで使われたことを知った。

お囃子

『合いの手の「アーソーレンセー」というのは「祖霊祭」から来た言葉で、先祖の霊や精霊を迎えて共に踊るという盆踊りの本来の目的を示している』

と、郡上八幡観光協会のホームページに書いてあった。

この「郡上おどり IN 青山」は、7月1日も開かれる。

そして、地元・郡上八幡で開かれるのは、7月中旬から9月初旬まで。

全国でも一番、長期間に亘って行われる盆踊りということだ。

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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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