四谷怪談の「お岩さん」はどんな人?



陽運寺

夏には怪談話がつきもの。

私たちの若い頃は、「東海道四谷怪談」のお岩さんの話が、怪談話のベスト・ワン。

婿の伊右衛門から毒を盛られたお岩さんが、髪をくしけずる。
すると、腫れあがった不気味な眼の上の髪が抜けて、まことに恐ろしい形相。

映画を見た晩は、夜、トイレに行くのも怖かった。

新宿区の左門町に、「お岩さん」ゆかりの神社があると知って、訪ねた。

四谷3丁目の交差点から近いし、猪瀬・東京都副知事が「売却すべし」と株主総会で迫った、信濃町の東京電力病院からも近いところだ。

左門町の、大通りから一本入った通りを走っていると、幟が見えた。

「於岩稲荷霊神」と書いてある。
ここだと思って境内に入ってみると、由来が書いてあった。

由来

実は、ここは陽運寺というお寺。

境内に立っている「由来」を読んでも、何が書いてあるのか、さっぱりわからない。

字が一部消えていることもあるが、それよりも何よりも、日本語になっていない。

わけのわからない文章で、四谷怪談のお岩さんと、このお寺の関係が全く分からなかった。

後で知ったが、このお寺は、戦後になってこの地に移転してきたのだという。

於岩稲荷田宮神社

陽運寺を出ると、すぐ目の前に、今度は「於岩稲荷田宮神社」と書かれた幟が見えた。

歌舞伎役者

神社を囲む石柱に、歌舞伎役者の名前が彫られている。

公演の前には、安全祈願で役者さんがお参りするとは聞いたことがあった。

こちらが「四谷怪談」のモデルになったお岩さんに関係する神社のようだ。

そう思って近づくと

説明

東京都教育委員会の説明板が立っていた。

しかし、読んでみたが、お岩さんの話との関連がよくわからない。
お岩さんの話はどこまで実話なのか、お岩さんはどんな人だったのか、
私の期待する説明は何もなかった。

簡単にまとめると、このように書いてある。

「文化文政期、歌舞伎は民衆の娯楽の中心になった。
『東海道四谷怪談』の作者・四代目鶴屋南北も、化政時代の著名人である。
(ここは)『東海道四谷怪談』の主人公・田宮伊左衛門(南北の芝居では民谷伊右衛門)の妻・お岩を祭った「お岩神社稲荷」の旧地である。

(歌舞伎の)物語は、文政10(1827)10月、名主・茂八郎が町の伝説を集録して町奉行に提出した『文政町方書上』にある伝説を脚色したものである」

どうでしょうか。これで少しは分かりましたか?

伝説とはどんな内容で、歌舞伎の話とどう関連しているのか。

私にはさっぱりわからなかった。

新川の社

実は、中央区新川2丁目にも「於岩稲荷田宮神社」がある。

この社は、左門町の社が明治時代に火災で焼失した際、昔、田宮家の屋敷がこの地にあった縁から、ここに移されたという。

戦災で焼失したが、戦後、再興された。

新川・説明

中央区教育委員会の説明にも、お岩さんに関する説明はなかった。

そこで、ウィキペディアなどで、調べてみた。

そうすると、
「於岩稲荷田宮神社」の由来は、

「岩と婿養子となった伊右衛門は仲の良い夫婦で、収入の乏しい生活を岩が奉公に出て支えていた。
そして、岩が田宮神社を勧請して熱心に信仰するうち生活も上向いたため、神社が土地の人たちの篤い信仰の対象となった」のだという。

つまり、お岩は働き者で、女性の鏡ともいうべき人物だったので、この神社ができたということになる。

文庫

一方、鶴屋南北が作品を書く際に参考にしたという、この街に伝わる伝説とは

「四谷に住む田宮又左右衛門の娘・お岩が、浪人の伊右衛門を婿にとったが、伊右衛門が心変わり。
お岩を離縁したため、お岩が狂乱して行方不明になってしまった。
その後、田宮家で変異が相次いだため、田宮邸の跡地に『お岩稲荷』を建てて祀った」というものだそうだ。

この話だと、お岩さんは、怨念で祟りを引き起こした怖い女性ということになる。

一体どちらがお岩さんの実像に近いのか、よくわからない。

ただ、「於岩稲荷田宮神社」を現在まで守ってきているのは田宮家の子孫の方ということだから、鶴屋南北が歌舞伎で描いたように一家が死に絶えてしまうような悲惨な結末ではなかったはず。

さりとて、お岩さんの人生がどんなものだったのかという点では、正確な記録がないのだろう。

教育委員会の説明板でも、触れるのを避けているような感じだ。

しかし、それもやむを得ないだろうと思う。

断定するには、それなりの根拠が必要だ。

だが、この時代の一庶民の個人史を正確に記録したものが今日まで伝わるということは、あまり考えられないのだから。


黒船稲荷神社

先日、江東区の門前仲町近くの牡丹町を走っていると、鶴屋南北が暮らしていたという神社があった。

亡くなるまでの最晩年を、この神社の中にあった家で暮らしていたという。

鶴屋南北

鶴屋南北が作り上げた「お岩さん」像。

彼は、いったい「お岩さん」を、どんな女性だと思っていたのだろう。

聞いてみたいところだ。


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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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