本所の「一の橋」、「二の橋」

一の橋のたもと

両国橋のすぐ南、墨田区千歳と両国を結ぶ一の橋。

港区の古川に架かる「一の橋」と「二の橋」は有名で、特に「一の橋」は近頃では「麻布十番」として呼ばれることが多く、おしゃれなスポットとしてよく知られている。

本所にも「一の橋」と「二の橋」があり、時代小説のファンなら知っている方も多いのではないかと思う。

今回は、本所の「一の橋」「二の橋」の周辺をご紹介しよう。

竪川と水門

一の橋の上から隅田川のほうを写してみた。

水門の先は、隅田川。

注ぎ込む川は「竪川」。
江戸時代に開削された人工河川だ。

江戸の地図

本所付近は低湿地で水はけが悪かったために、こうして人口の水路が作られたのだ。

竪川の両岸には全国から水運でもたらされる物品を扱う商家や土蔵などが並び、大いに賑わったという。

地図のもう少し左には「本所松坂町」がある。
吉良上野介の屋敷があった所で、「一の橋は赤穂浪士が泉岳寺に引き上げる際、最初に渡った橋として知られる」との説明が書かれていた。

江戸時代の地図をよく見ると「一ツ目之橋」と書かれている。
当初はそう呼ばれていたのだろう。

二の橋

竪川に沿って東に進むと「二の橋」がある。

ここは以前も紹介したことがある。

写真の右のほうに案内板が小さく見える。

「鬼平犯科帳」によく登場する舞台なのだ。

「五鉄」のあった場所

「鬼平行きつけの軍鶏なべ屋『五鉄』があったとされる場所は、この付近」との案内板が立っているのだ。

小説にも、場所は「二つ目橋の角地で南側は竪川」と紹介されているそうだ。

モデルのかど屋

橋の近く、緑1-6の角に「五鉄」のモデルとなったという軍鶏なべ屋「かど家」があった。

説明

「創業は文久2年(1862)、八丁味噌仕立ての軍鶏鍋の味は150年経った今も堅く守り続けられ、多くの人に愛されています」と説明に書いてあった。

池波正太郎もよく通った店だそうだ。

小林一茶旧居跡

「かど家」の近くに「小林一茶旧居跡」という碑を見つけた。

小林一茶は、信州を舞台に多くの句を遺した人だとばかり思っていたが、江戸には29年間も暮らしていたのだという。

碑には、こう記されている。

「一茶は宝暦13年(1763)5月、柏原宿(長野県信濃町)で農家の長男として生まれました。
15歳の時、江戸へ出てきて苦労を重ねながら一流の俳人となります。
『我と来て遊べや親のない雀』の句など、人々に愛される独特の句風でした。

彼の29年に及ぶ江戸生活の中で、文化元年(1804)から足かけ5年間住んだこの相生町の借家が、一番安定したすまいでした。

故あって帰郷している間に他人に貸されてしまい、その後は再び弟子や後援者の家を泊まり歩く漂泊の身となります」という説明だ。

この説明では、不十分なのでウィキペディアの説明を加えて、その生涯を振り返ってみる。

小林一茶は早くに生母をなくし、継母と折り合いが悪かったこともあって15歳で江戸に奉公に出た。

付近の様子

そして、25歳のときに俳諧を学び始めている。

30歳からの6年間は、俳諧修行で近畿、四国、九州を歴遊。

39歳の時、たまたま帰郷した際に父が亡くなり、相続をめぐって継母・義弟と争いになってしまう。

このため、再び江戸に出て俳諧の宗匠を務めて暮らしていた。


それがこの地で暮らした頃の話だ。

一茶の肖像

ようやく50歳の時、相続を折半とすることで遺産問題が決着し、一茶は故郷の柏原に帰る。

そして2年後の52歳の時、28歳の妻をめとり3男1女を授かるが、子供はいずれも夭折。
妻も病で亡くしてしまう。

62歳で2番目の妻、
64歳で3番目の妻をもらい、3番目の妻に1女を授かるが、その子の誕生を前に一茶は亡くなってしまう。

52歳で初めて妻を娶った一茶の、子供を遺そうとする執念は激しいものがあったようだ。

58歳のときには脳卒中で半身不随になっていたのだが、それでも、その後、二人の妻をもらっている。

日本財団会長で笹川良一氏の3男の笹川陽平氏のブログには「勢力絶倫物語~その2 小林一茶」と題して、その辺のことが書かれている。
子作りの記録を残していたという。

「やせ蛙 まけるな一茶 これにあり」
「やれ打つな 蠅が手をすり 足をする」
「名月を とってくれろと 泣く子かな」

等々、穏やかで、時に牧歌的なイメージの強い一茶だが、彼の暮らしがこれほど世俗的で、愛憎に満ちたものであったことを、初めて知った。

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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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