アジサイ~シーボルトの命名は幻に

白山神社

6月16日、東京は梅雨空に覆われた。

小雨だったので、「あじさいまつり」が開かれている文京区の白山神社まで走ることにした。

白山神社は、天暦2年(948)加賀国の一の宮・白山神社を旧本郷元町に祀ったことにはじまり、江戸時代には5代将軍綱吉の信仰を受け、大いに栄えたという神社だ。

本殿前

本殿の前では、色とりどりのアジサイが花をつけていた。

境内と隣の白山公園には、合わせて約3000株のアジサイが植えられているという。

オタクサは有効名でない

これまで、『アジサイは日本固有の植物で、幕末にオランダ商館医として日本に来ていたシーボルトが学名にオタクサと命名して、世界に紹介した』という話が広く伝わり、私もそのように思ってきたが、どうやら少し違っていたようだ。

楠本滝

ウィキペディアによれば、

シーボルトは、オランダに帰還してから『日本植物誌』を著したが、その際14種のアジサイ属を新種登録。

その中の一つの園芸品種のアジサイに、「Hydrangea otaksa Siebolt et Zuccarini」と命名した。

Hydrangeaというのはアジサイの学名、Zuccariniは共著者の名前だ。

そして、otaksa とはシーボルトとの間に子供を成した「楠本滝」の名からとっていると推測し、「愛妾の名をつけるとはけしからん」と言って怒っていたのが、日本の植物学の権威・牧野富太郎なのだという。

シーボルト

しかし、シーボルトが新種として登録しようとしたものは、シーボルトより50年近く前に、出島のオランダ商館付き医師として赴任していたスウェーデン人のカール・ツンベルク(植物学者でもあり、日本植物学の基礎を作った人でもあるという)によって既に登録されていた。

従って現在では「Hydrangea otaksa」という名は、植物学上、有効名ではないということだ。

これまで、シーボルトとお滝の愛情物語を今に伝える「いい話」と思ってきただけに、とても残念な気がする。

がくアジサイ 娘はイネ

因みに、シーボルトとお滝の間に生まれたのは楠本イネ。

イネは、シーボルトの弟子たちなどの尽力で日本初の西洋医となった女性だ。
「オランダおいね」として知られている。

晩年は麻布で、娘の家族と共に暮らしていたという。

残っている写真を見るととても素敵な女性だ。

葉を見てほしい

さて、アジサイに関する次の話。
今度は花ではなくて、葉を見てほしい。

シソの葉と、見た感じはとても良く似ている。

ところが、アジサイには毒性があり、摂食すると中毒を起こすのだそうだ。

それを知らず、調理したものを食べて手当てを受けるケースがあり、時折、新聞に注意を呼びかける記事が載っている。

これは、是非覚えておいてほしい情報だ。「おいしそうだからと言って食べないように」

DSC01312-1.jpg

雨に濡れて、アジサイがほんとに美しい。

梅雨というと、シトシトと長雨が続くというイメージもあるが、実は「梅雨末期の豪雨」というもう一つの顔も持つ。

昭和57年7月23日から24日にかけて、長崎大水害が起きている。

あの日の夜7時から8時までの1時間に、長崎県西彼杵郡の長与町役場では、187ミリという記録的な雨量を観測、現在でも観測史上最大の記録だ。

当時、私は同じ北部九州の福岡にいて、長崎県各地の雨量データに驚愕しながら推移を見守っていたことを思い出す。

豪雨後、間もなく、復旧に取り組む長崎市に行ったが、市内各地で、人の背丈ほどの高さに水の浸かった跡を見つけ、雨の降り方の凄さを改めて感じた。

長崎大水害から今年で30年。

それ以降も、この時期には、各地で大雨による災害が絶えない。

梅雨とは、そんな季節であることも、どうぞ忘れずに。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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