巣鴨プリズンは巣鴨ではなかった

サンシャイン60隣の緑地

「巣鴨プリズン」という言葉を聞いたことが、おありだろう。

第二次大戦後、連合国は戦争犯罪人として日本の指導者等を起訴し、裁いた。

その極東国際軍事裁判所には28人が起訴され、東条英機元首相など7人が死刑判決を受けている。

巣鴨プリズンは、連合国が戦争犯罪人として指定した人たちを収容し、処刑した場所であることは、これまで耳にしたことがあったが、プリズンがどこにあったのかは全く知らなかった。

たまたま、池袋にあるサンシャイン60に行く機会があった。

サンシャインの隣りに「東池袋中央公園」という公園があったので、中に入ると、なんとそこが「巣鴨プリズン」のあった場所だった。

地図

地図の右側に「東池袋中央公園」が見える。

サンシャイン60は、昭和53年に開業、当時東洋一と呼ばれた高層ビルだが、この土地は、もともと巣鴨監獄があった所なのだ。

監獄ができた明治の頃は、このあたりを巣鴨村と呼んでいたのだという。

巣鴨プリズン

昭和20年11月、ここをGHQが接収し、「スガモプリズン」と呼ばれるようになる。

碑

東池袋中央公園に入ると碑があった。

近寄ってみると「永久平和を願って」という字が読めた。

そして、碑の後ろにまわってみると、次のように記されていた。

碑文

「第二次世界大戦後、東京市谷において極東国際軍事裁判所が課した一部の刑が、この地で執行された。

戦争による悲劇を再び繰り返さないため、この地を前述の遺跡としこの碑を建立する
昭和五十三年六月」

碑の前では、お線香を手向ける人もいるようだ。

ウィキペディアによれば、「処刑場周辺は建物が建てられず、公園になっている」と書かれているから、このあたりが処刑場だったのだろう。

ビルの谷間に憩う人

公園の中には、ここが「巣鴨プリズン」だったことを知ってか知らずか、サラリーマン風の人たちが木陰で憩う様子も見られた。

この碑は、戦争の悲劇が私たちの親の時代にあったことを、改めて思い起こさせた。

同時に、今も、世界中に戦争の火種がくすぶっている現状に、少し心配になる。

今は、第二次世界大戦時とは、時代が違う。

兵器の開発がどんどん進み、核戦争を起こしたら地球が住めない星になってしまう時代なのだ。

それなのに、世界には危うい指導者が現実にいることの恐ろしさ。

手塚治虫の名作「火の鳥」未来編は

「核戦争で地球上のあらゆる生命が死に絶え、肉体が滅んだ主人公は意識体となって、再び人類が文明を生み出すまで、生命の悠久の歴史を見守り続ける」というストーリーだ。

もしかすると、手塚治虫は未来を予言しているのではないかと恐ろしくなる。

「そんなことが起きることのないように」と願うばかりだ。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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