め組の喧嘩~再び平成中村座へ

平成中村座へ

4月に続いて、再び平成中村座で観劇することができた。

平成中村座の今回の公演は、「祝東京スカイツリー開業記念 江戸のこころ・大浅草観光祭」の一環として去年11月からのロングランだったが、いよいよこの5月27日で千秋楽を迎えた。

演目は

5月の昼の部の演目が、私も氏子である芝大神宮(神明神社)で、江戸時代に実際に起きた事件をもとに作られた「神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)」、通称「め組の喧嘩」ということで、観劇することになったわけだ。

ファイナルは「め組の喧嘩」

隅田川沿いに建てられた小屋の入り口では、「め組」の纏(まとい)が、お客さんたちを迎えていた。

「め組の喧嘩」の話は、一言でいえば、神明神社周辺を含めた「芝」が持ち場の火消し鳶「め組」と、相撲取りとの喧嘩の話。

実際の話は、神明神社の境内で行われていた相撲の興行に、地元「め組」の者は木戸御免だったのだが、連れの者も顔パスで入ろうとして相撲取りといさかいになったのが喧嘩の発端。

神明神社の関係者

この演目の上演に際しては、出演者が神明様(芝大神宮)に参拝するのが恒例になっていて、勘三郎さんたちが先月、神社にお参りに訪れている。

そして、千秋楽の前日に、神社の宮司さんをはじめ氏子の人たちが、半纏などを着て観劇に訪れたというわけだ。

め組の半纏を着た人も

また、客席には「め組」の印半纏を着込んだ人の姿も目立った。

配役

主人公の、め組の辰五郎は中村勘三郎、相撲取りの「四ツ車大八」は中村橋之助が演じる。

歌舞伎の第一幕は、品川宿の「島崎楼」。

お抱えの武士に連れられた相撲取りが、あたりをはばからず騒ぐ姿に、め組の男が腹を立てて部屋に乗り込む所からはじまる。

そして、帯刀を許された相撲取りが「力士と鳶では身分が違う」と話すことから、いさかいが深まってゆく。

花道はめ組の連中が走り回る

この花道を、はしごや手鉤を持った「め組」の男たちが勢いよく走り、派手な立ち回りを見せる。

舞台の結末は、辰五郎が恩義を感じている男の仲裁によって喧嘩が収まるのだが・・。

実話では、火消を裁く町奉行、相撲取りの寺社奉行、それに勘定奉行も加わっての裁きとなり、「め組」は2人が江戸追放、相撲取りは1人が江戸払いと、若干「め組」に厳しい裁きだったという。

ウィキペディアによれば、火の見やぐらの早鐘を私闘のために使用したことを重く見たことがその理由の一つということだ。

そして、火の見櫓の半鐘も島流しになっているというのが、この裁きの面白いところで、

島流しになった半鐘は、明治になってから神社に戻っている。

舞台の裏側は隅田川

芝居が終わっていったん幕が下り、再び幕が上がると、舞台の後ろの隅田川が客席から見通せた。

撮影はできないので、幕間に撮ったこの写真で想像してもらいたいが、観客からは「おーっ」という声も聞かれた。

そして中村勘三郎さんから、「め組」の人に加えて、観劇に来ていた伊勢の海部屋の「四ツ車」さんが紹介された。

「四ツ車」という四股名は由緒ある四股名で、現在の「四ツ車」は八代目で、これまでの最高位は西十両の8枚目、現在は幕下のお相撲さんだ。

勘三郎さんの「どうか、今日はこの後、喧嘩しないように」とのコメントが客席の笑いを誘っていた。

はねた後の浅草の街

芝居がはねた後、雷門の方に向かって歩く人の波に「め組の印半纏」が見える。

江戸情緒豊かな光景だった。



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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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