昔話が伝わってきた仕組み

たてもの園

小金井公園にある「江戸東京たてもの園」。

江戸から近代までの貴重な建築物を、多数、保存・展示している。

これは、江戸中期に建てられた農家の建物。現在の世田谷区岡本から移築したものだ。

昔語り

春先に訪れたとき、この建物の中で、ボランティアの人によって「昔語り」が行われていた。

とても、上手な語りで、多くの人が話に聞き入っていた。

各家庭の中で、こうして昔話を子供たちに語る風景は、今ではすっかり姿を消してしまった。

しかし、東北をはじめ全国の農村地域では、私たちの親の世代の人たちまでは、こんな暮らしを経験しているはずだ。

みちのく由緒話

つい最近、昔の本などを整理していたら、民話の語り手として有名だった山形県の佐藤孝一さんから頂いた冊子が出てきた。

「みちのく民俗雑学と由緒ばなし」には、月ごとに行われる行事やその由来などが書かれている。
先祖から代々伝えられてきたものを、一つにまとめたものだ。

佐藤孝一さん

佐藤孝一さんは大正9年のお生まれで、私がお会いしたのはもう30年近く前になる。
山形県上山市楢下(ならげ)で果樹農家をなさっていた。

佐藤さんは、600余りの昔話を語ることのできる人として、山形では、かなり知られた方だった。

600余りの話を伝承

佐藤さんが伝承してきた話は、記録されて「佐藤家の昔話」という本にまとめられているほか、映像でも記録されインターネットで見ることもできる。

現在もお元気かどうか、ネットで検索したところ、2008年に亡くなられていた。

昔、佐藤さんにお話を伺った中で、今でもよく覚えていることがある。

それは、『民話が伝えられるのは「親から子へ」ではなく、祖父母から孫へという「隔世伝承」だ』という言葉だった。

親は生活を支えていくのに精いっぱいで、話を子供に語って聞かせるなどの余裕はなかったのだろう。

孝一さんの祖父の権六さんという方は二千もの話を知っていて、物心ついたころから囲炉裏端で、薪をくべながら昔語りを何度も何度も聞かされたということだった。

佐藤家の昔話

2千もの話を伝えてきたおじいさん、
日本にもアラビアンナイト・千夜一夜物語以上の民話の世界があったということになる。

佐藤さんも、一生懸命、昔話を覚えようと努力してきたと話していた。

しかし、お話を伺った当時・昭和60年ころ、佐藤さんには小学校低学年のお孫さんがいたものの、「昔ばなしを孫に伝えることはあきらめた」との話だった。

雪国の冬、藁仕事は姿を消していたし、囲炉裏もなくなった。
孫たちは自分の部屋を持ち、テレビもある、本もある。

こうした環境の変化の中で、私たちのすぐ前の世代を最後に、暮らしの中から民話が消えて行ってしまった。

今、自分も孫のできる年齢になった。

孫たちに自分の経験や、薀蓄を傾ける場がないことを、少し寂しく思う。

佐藤さんの昔語りは、こちらに記録されているのでご覧ください。

http://bunkashisan.ne.jp/search/ViewContent.php?from=14&ContentID=12
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お尋ねします

佐藤幸一さんは、昔話を語る時に木を用いていたような記憶があるのですがご存知でしょうか。

『最古の文字なのか』(文藝春秋)はヨーロッパの洞窟絵画などに見られる抽象的な記号に関する本です。読んでいた時にふと佐藤さんのことを思い出しました。
プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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