「川柳と狂歌」ゆかりの界隈~台東区


厩橋

隅田川に架かる厩橋。
川の上流、右手にスカイツリーが見える。開業まで、あと1週間となった。

この橋を墨田区から台東区側に渡ってしばらく行ったところに、「狂歌と川柳」ゆかりの地がある。

榧寺

橋を渡ってしばらくすると左手に「榧寺(かやでら)」が見えてくる。

門前の案内

門前にこんな案内が掲げられていた。

葛飾北斎が、「榧寺の高灯籠」という絵を描いていること、そして狂歌作者で「宿屋飯盛(やどやのめしもり)」と号した石川雅望(まさもち)の墓があることが記されている。

石川雅望(1753-1830)は、ウィキペディアによると

「浮世絵師石川豊信(いしかわとよのぶ)の五男として江戸に生まれる。
狂名、宿屋飯盛(やどやのめしもり)。

家業の宿屋を江戸小伝馬町で営むかたわら、狂歌の先達、大田南畝(四方赤良、よものあから)のもとで狂歌を学ぶ。天明年間初期(1781年 - 1789年)、狂歌四天王の一人として版元である蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)から多くの狂歌絵本を出版。

寛政3年(1791年)宿屋の営業許可をめぐり贈収賄の嫌疑をうけ、江戸払いとなる。この間、国学研究に打ち込み、雅語用例集『雅言集覧』や『源氏物語』の注釈書『源註余滴』などを書く。

文化5年ごろから狂歌師として復活。雅望のグループを伯楽連と称し、天明狂歌界を席巻する一方、俳諧歌を主張した鹿津部真顔(しかつべのまがお)と対立。狂歌の軽妙さと諧謔性を重んじ、文化文政時代の狂歌壇を二分する勢力となった」とある。

石川雅望

作品を調べるとこんなものがあった。

「金を手に 握りこぶしで 我があだの 貧乏神のつらをはりたや」というのがあった。

これは何とも分かりやすい。
「金を手にした握りこぶしで、恨みかさなる貧乏神の面を張り飛ばしてやりたい」というもの。

昔も今も、お金に苦労する庶民の気持ちは変わらないようだ。

また、こんなのもある。

「蛍とる 数もひとふた みそこしに よつゆもいつか むすびけるかな」

蛍狩りの風景だが、次第に夜露にぬれる情景を、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つと数詞をうまく読み込んだところがなかなか巧みだ。

「こんなものが作れたら、なんと毎日が楽しくなることだろう」と思う。

三筋2丁目

榧寺を後に、春日通りをさらに東へ向かう。

三筋2丁目目の交差点に「川柳発祥の地」の碑が立っている。

このあたりに、川柳を文芸として確立した柄井川柳が暮らしていたのだ。

記念碑

ウィキペディアには柄井 川柳をこのように説明している。

『柄井 川柳(からい せんりゅう 享保3年・1718年 - 寛政2年・1790年)通称は八右衛門。柄井家は代々浅草新堀端の龍宝寺門前町の名主(なぬし)の家系で、宝暦5年に家を継いで名主となった。

宝暦7年8月25日(1757年10月7日)前句付の点者として無名庵川柳と号し、最初の万句合を興行している。

これ以降、月3回5のつく日に句合を興行している。宝暦12年10月15日(1762年11月30日)の句合には総句1万句を超し、その流行ぶりがうかがえる。川柳(八右衛門)の出題は新しい趣向を好み、選句眼にも優れていたことが、上級武士も含め江戸における前句付作者に好まれた』

付け加えると、
前句付の前句とは、

「盗人をとらえてみれば我が子なり」という有名な川柳の前句は、「切りたくもありきりたくもなし」という七七。

この前句に、どんな五七五を付けるのかを募るのが「万句合」で、そこに応募してきた作品のうち優れたものが「誹風柳多留」に載せられているというわけだ。

「はえば立て 立てばあゆめの 親心」
「寝ていても 団扇のうごく 親心」  よく知られた名句は、この「万句合」から生まれた。

碑は、「万句合」が行われてから250年になるのを記念して建てられたものだ。

龍宝寺

碑から近いここ龍宝寺には柄井 川柳の墓がある。

川柳横丁

そして、寺の前の通りは、「川柳通り」と最近、名付けられたという。

過去の歴史遺産を地域活性化のために活用することは大賛成だ。
このことで、地域の過去の歴史が、後世に伝えられてゆくからだ。

通り

通りを探して見たが、川柳に関するものは何もなかった。
具体的な取り組みはこれからのようだ。

ユニークな活動を楽しみに待ちたいと思う。


なお私は、単なる言葉遊びではなく、人生や暮らし、身の回りをしっかり見つめた川柳が好きだ。

「俊秀流 川柳入門」(家の光協会)の著者・大木俊秀氏の句を紹介したい。


「かまきりも稲刈りをしたいんだとさ」

「肝臓に会って一献ささげたい」

「コンパスにこの満月は描けまい」

どうです。いいでしょう?
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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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