慶応大学・幻の門とその周辺


東館
慶応大学東館、この建物は2000年に完成した。
それまで、三田通りに面する東門が「幻の門」と呼ばれ、この入口を入った先にあった。


島原藩中屋敷
これは明治24年ごろの写真。(慶応義塾150周年記念誌より)
もともとは、長崎・島原藩の中屋敷だった。

昭和30年代の初めには、まだこうした雰囲気を少し残していた。
その頃、坂の途中・右手には郵便局があって、記念切手を買いに行った思い出もある。

東門は当初の木の門から、大正2年に石の門に改造され、現在は以前より少し坂の上のほうに移築されたと慶応義塾豆百科には書かれている。

三田通
三田通りは国道1号線。
道路の拡幅は、計画も含めるとずいぶん長い時間をかけて行ってきたが、完成したのはつい最近のこと。

昔はもっと道幅が狭く、「幻の門」の向かい側の少し右手に映画館があった。
中村錦之介、東千代之助などが子供たちに大人気だった時代だ。
三本立てで何時も混んでいて、通路までぎっしりと人で埋まり、ものすごい熱気だった。



NEC
三田通りを挟んで東側・真正面にNECの本社ビルが見える。
このアングルから見ると、まさにロケットだ。
もとは、薩摩藩の上屋敷があった場所で、幕末には幕府側の勢力によって焼き討ち事件などが起こっている。

伊予松山藩
西側・真うしろにこんもりと緑が見えるが、イタリア大使館だ。
伊予松山藩の中屋敷があったところで、赤穂浪士の大石主税をはじめ10人が討ち入り後に預けられ、切腹した場所でもある。
大使館内には、駐日イタリア大使によって昭和14年に建てられた浪士の顕彰碑があり、NHKの「ブラタモリ」の中で紹介されていた。

図書館
国の重要文化財に指定されている慶応義塾図書館。
慶応義塾50周年を記念して計画され、明治45年に完成した。

これに関連して面白い写真が残っている。

田町駅
昭和29年の写真になんと、図書館が写っている。
その頃は、駅のホームから図書館が見通せたのだ。

それにしても、この50年の変わりようは過去の歴史になかったほどの猛スピードだと、つくづく思う。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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