札の辻~交通の要衝


札の辻

港区の札の辻。

右側の道路は第一京浜国道。旧東海道だ。

左は三田通り。
日本橋を起点とした国道1号線は、慶応大学に沿って、この写真の左手・中ほどから画面の左へと曲がり、五反田方面へと通じている。

古地図

これは、1859年(安政6)の地図。

札の辻は、昔も今も、交通の要衝であることがよくわかる。

説明

札の辻の交差点に、こんな案内板が立っている。

多くの人が往来する道筋だったので、官の高札が建てられた場所という意味だ。

全国に「札の辻」という地名は多いが、ここは、その中でもとびっきり通行量の多かった場所ではなかろうか。

高札

高札にはいろいろあるようだが、これは四谷の消防博物館で見かけた。

高札は、禁制・やってはいけないことを木札に書いたものだ。

内容

1711年(正徳元年)にかかれたもので、「放火犯を知っている場合はすぐ届けること」などが記されている。

今のように義務教育がない時代に、この高札をどれほどの人が読むことができたのか、気になって少し調べてみた。

はっきりした数字は分からないが、識字率は世界的にみても高かったとするものが多い。
武士はほぼ100パーセント、商家でもかなりの識字率で、全体でも世界有数の識字率だったようだ。

この字を見る限り、現代の私たちより、筆による書を読む能力は高かったように思われる。

三田ツインビル

札の辻交差点から、少し品川寄りに進んだ右手に、高層ビルが建っている。三田ツインビルだ。

ビルの横と裏手にはシバザクラが植えられ、この時期の楽しみの一つになっている。

今年は花が遅れている

今年のシバザクラの様子を見に行ったが、開花は大幅に遅れていた。

そして、花畑に近づくと、奥の方に何か碑のようなものが見える。

キリシタン遺跡があった

石段の奥にあるのは、「元和キリシタン遺跡」だった。

以前、第一京浜をジョグで走っていた時、「元和キリシタン遺跡」の説明板を見かけ、この付近がキリシタン受難の場所であることは知っていた。

しかし、ビルの建設などでいつしかその説明板も見かけなくなり、どうしたのかと思っていたところだった。

説明

元和9年(1623)10月13日、江戸でキリシタン50人が処刑された。

『その場所は、パジェスの「日本キリシタン史」に、「京都に通じる東海道の入り口にある丘が選ばれた」とあるが、その地はおそらく(後方に続く)丘の西の中腹だったと考えられる』と書いてある。

処刑の行われた1623年は、天草四郎で知られる島原の乱の起きる14年前。

処刑の方法は火あぶりという残酷なものだった。

諸大名をはじめとする江戸の人々に見せしめの場として、多くの人が往来する札の辻をその場所にしたと考えられている。

碑のアップ

付近は、400年近く前に、そんな残酷な出来事があったとは思えない静かなたたずまいを見せている。

今年の「しば桜まつり」は、遺跡の手前に建つツインビル西館広場を会場に、予定より2週間遅れの5月6日に開かれる。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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