日本の放送は、ここからはじまった


「JOAK、JOAK こちらは東京放送局であります」

日本でラジオの第一声が放送されたのは、大正14年3月22日午前9時30分。
芝浦に設けられた東京放送局・仮放送所からだったことは知識として知っていた。しかし、その仮放送所がこんなところにあったとは、つい最近まで知らなかった。
記念碑
JR田町駅の東口(芝浦側)の線路際に放送記念碑は建っている。

線路際
記念碑の左隣りは、東京工大付属科学技術高校の敷地だ。

田町駅東口
通勤する人は、線路際にこんな記念碑があるとも知らず、手前の階段を上って駅構内に入ってゆく。
階段の左側を通って線路際まで進むと、碑は左側にある。

看板
放送開始当時、ラジオが聞こえる範囲は、およそ30-40キロ程度だったという。
ここから約40キロというのは、東海道線では神奈川県の戸塚あたり。ほぼフルマラソンの距離だ。
ちなみに横浜までは約30キロ。

陸奥主砲
ところで、これはお台場・船の科学館の前に展示されている 旧日本海軍の戦艦「陸奥」の主砲。
竣工は、大正10年。
この主砲の射程は37.9キロメートルと説明にはあったから、ラジオと砲弾の届く距離は、その頃は同じくらいだったことになる。
偶然だが、ちょっと面白い。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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