芝公園~新緑が美しい


東照宮大祭

芝公園の一番南、日比谷通りに面した「芝東照宮」の大祭が4月17日に行われた。

ここでは徳川家康を祀っている。

八重桜が満開

ほぼ終わりを迎えようとしているソメイヨシノに替わって、入り口にある八重桜が満開になっていた。

北陸、東北、九州で暮らしていた頃は、ソメイヨシノが散ってから2週間後を一つの目安に、ワラビなどの山菜採りに出かけるのを習慣にしていた。

新緑が日に日に濃くなってゆく頃だ。

イチョウの新緑

芝東照宮の近くの大銀杏、つい先頃までは葉をすべて落としていたものが、あっという間に鮮やかな新緑につつまれていた。

梅林も新緑

近くの梅林でも、新緑が美しい。

八重桜

ここの八重桜は、毬のように花弁が密集している。

ランが群生

遠目では、白い花がスイセンのように思えたのだが、近くによるとあやめ科の「シャガ」だった。

ウィキペディアには「学名は『Iris Japonica』だが、中国原産で、かなり古くに日本に入ってきた帰化植物。東京都でレッドリストの準絶滅危惧種に指定されている」と記されていた。

シャガの群生が、何か所かで見られた。

こんな新緑も

こんな新緑も、色どりを添えていた。

丸山古墳

子供の頃、よく遊んだ小高い山。
実は、都内最大級の前方後円墳の「丸山古墳」だ。

説明には、「全長が106m前後、標高16m。5世紀の築造とみられ、南武蔵・有数の族長の墓だったと考えられる」と書いてある。

伊能忠敬測地遺功表

古墳の頂上部には、「伊能忠敬測地遺功表」と書かれた碑が建っている。

ご存知の通り伊能忠敬は、17年をかけて正確な日本地図を作った人として知られる。

伊能忠敬は、50歳のとき家督を息子に譲り、千葉の佐原から江戸に出て、測量、天文学を学び始めた。

55歳のときに蝦夷地での測量を開始、以来、72歳まで日本全国を回って測量を続け、74歳で亡くなったが、3年後に日本地図が完成。

極めて高い精度を持つ地図と評価された。

いわば「中高年のスーパーヒーロー」ともいうべき人物だ。
(9/26「伊能忠敬の住居跡があった」)

「何故、芝公園に伊能忠敬を称える碑が建っているのか」
碑を建てた東京地学協会の説明にも書かれていないので、これまで分からなかったが、「東京都の歴史散歩」という本に、次のように書いてあった。

「この(丸山)古墳の斜面を利用して伊能忠敬が測量実習をしたことから、山頂に碑が建てられている」

伊能忠敬が住んでいたのは深川界隈、今の門前仲町の近くだから、芝公園までかなりの距離を歩いて通ったことになる。

少なくとも、片道8キロはあるだろう。

とはいえ、日本全国をくまなく歩いたのだから、それに比べれば何でもない距離かもしれない。

年を重ねても、人生に前向きに取り組んだ伊能忠敬、見事な人生だったと改めて思う。

落花の宴

丸山古墳から下って、芝公園の花見の名所に行ってみた。

花はほとんど散って、地面が花びらで埋まっている。

そんな場所で目にしたのは「落花の宴」とも呼ぶべき光景。

1週間前の喧騒はなく、静かに「桜の季節」を送る風情だ。

静かに談笑しているようだった。

なぜか心に残る情景だった。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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