足で稼いだ「春の表情」~人間編


御忌

4月になり、増上寺では「御忌」(ぎょき)の行事が始まった。

御忌とは、浄土宗の宗祖・法然(1133-1212.1.12)の忌日法要のこと。
本来、1月なのだが、明治のころから4月に営まれるようになったという。

今年は、亡くなってからちょうど800年ということで、全国の浄土宗の関係者が集まり、様々な行事が予定されているそうだ。

舞楽

本堂前に設けられた舞台では、舞楽の奉納が行われていた。

舞っているのは、増上寺の僧侶や関係者の皆さん。
楽の音に合わせて古式ゆかしく、ゆっくりとした動きの舞を見せていた。

花より団子

咲き始めた桜の下で、狙い通りの人を見つけた。

「花より団子」

境内にはテントの店が出て、草加せんべいや、和菓子のどら焼きなども売られているのだが、なぜか団子が一番人気。
ほとんどの人が団子をほおばっていた。

何かヘン

こちらは、境内で子供と一緒に「お昼ご飯」の時間。
微笑ましい光景だが、座った場所が悪かった。

立て看板から、もう少し離れればよかったかな?

新婚さん

浅草の浅草寺の境内で写真を撮っていたら、すぐ近くを新婚さんを乗せた人力車が走って行った。

カメラを向けると、二人は私に会釈をしながら眼前を通過していった。

「浅草の街には、人力車がよく似合う」

東京で、自然に江戸情緒を味わえるのは、もうこの街だけかもしれない。

花より宴会

上野公園。ところどころに、ごみ捨て場が作られている。

「桜の開花を前に、花見の準備もすっかり整った」と言いたいところだが、
花はなくても花見はすでに始まっていた。

上野公園だけでなく、隅田川公園、不忍池のほとりでは、すでに「宴たけなわ」の時期を迎えていた。

似顔絵

似顔絵かきのテントは、お客さんでいっぱいだった。

1000円で書いてくれるというのだから、安い。

料金表の下に、「純益は福祉基金として寄付されます」と書いてある。

去年は、震災と原発事故で、花見どころではなかったことを思い出した。

桜に惹かれて

芝大門の近くを通ると、きれいに咲いた「しだれ桜」が目に入った。

丁度、満開で美しい。

外国人も

外国人も、つられたようにカメラで写していた。

外国の人の眼にも、日本の桜は美しく映っている」と思うと、うれしかった。

白子屋お熊

写真を撮っていると、玄関の前に碑が見えた。

近寄ってみると、左に「白子屋お熊 供養之碑」

右に「史跡 恋娘昔八丈 城木屋お駒墓所」、横には「新内協会」とある。

歌麿の浮世絵のモデルになった、美人で評判の町娘の供養碑かと思ったが、家に帰って調べるとそんな単純な話ではなかった。

享保12年(1727)大岡越前守が実際に裁き、死罪になった女性の供養碑だった。

「白子屋お熊」が実際の名前で、「城木屋お駒」というのは劇化した時に使われた名前。

話を簡単に説明するとこうだ。

江戸日本橋の白子屋の娘・お熊は、その美貌が近所でも評判だった。

お熊は店の手代と恋仲だったが、店が傾いたため持参金付の婿養子をもらうことになった。
一緒になったはいいが、婿がいやでたまらないお熊は、婿を亡き者にしようとして捕まり、死罪になってしまう。

刑場へ向かう時、お熊は白無垢の襦袢と中着の上に黄八丈の小袖を切るという華やかな姿で、江戸中の評判になったという。

そこで、この話が歌舞伎、浄瑠璃として上演され、こうして供養碑が建てられたということだ。

歌舞伎演目

河竹黙阿弥が、この話をもとにして書いた歌舞伎の演目「梅雨小袖昔八丈」。


桜に惹かれた立ち寄ったお寺で、ちょっと切ない話と出会ってしまった。

しかし、こんな碑に出会うのも、街歩きの楽しみの一つだ。



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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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