羊蹄丸が旅立った


宗谷の隣が寂しい

3月25日の日曜日、

この日も、お台場をジョギングしていた。
ちょうど船の科学館のところまで来ると、いつもとは風景が違う。
宗谷の奥に停泊していた羊蹄丸の姿が見えないのだ。

がらんとしていた

宗谷の見学入り口で係員の方に話を聞くと「羊蹄丸は今朝8時半に出港した」との話。

自力ですかと聞くと、曳航されていったという。

9日前

これは3月16日に撮影した写真。
この時には、出発のための準備も進んでいたのだろう。

目的地は四国・愛媛県の新居浜東港。

到着するのは3月29日の予定だから、4日間の航海だ。

羊蹄丸を引き取ったのは、愛媛県新居浜市や新居浜高専などが作る団体「えひめ東予シップリサイクル研究会」。

引き取った後の事業計画については、12月28日のブログに次のように紹介した。

「平成24年度に新居浜市が市制75周年を迎え、同じく新居浜工業高等専門学校が創立50周年となることを記念し、“羊蹄丸”を新居浜東港で一般公開する。

一定期間公開の後、開発途上国で行われてきた劣悪な環境下での船舶解撤を規制するため2009年採択された『シップリサイクル条約』に基づく、循環型社会の構築、鉄資源の確保などを目指した『先進国型シップリサイクルシステム』確立のため、
“羊蹄丸”を解撤しながら最適システムを確立するための研究・開発を行うとある。

『解撤』とは『解体し、撤去すること』

つまり、一定期間公開した後、リサイクルシステム確立に向けて、解体される」

操舵室の中

これは羊蹄丸の操舵室。

羊蹄丸は、新居浜東港に到着後、4月下旬から6月ごろまで一般公開され、その後はリサイクル技術の検証をしながら解体される予定だ。

こんな史跡と出会った

6日ほど前、文京区白山を走っていたところ、こんな史跡に出会ったことを思い出した。
明治のはじめ、医学の研究のためにと、死後の献体に応じた「美幾女」という女性の話が書かれている。

字を大きくして見てみよう。

美幾女

今日の医学が、その医療技術を獲得する陰に、多くの人たちの「志」があった。

羊蹄丸も、船のリサイクル技術の進歩・改善のために貢献してくれることになるはずだ。

羊蹄丸が進水したのは1965年(昭和40年)。

青函トンネルが完成した1988年まで青函連絡船として就航し、1996年からはお台場の「船の科学館」で一般に公開されていた。

「長い間、ご苦労様でした」。

河津桜

寒さで開花が大幅に遅れた台場の河津桜。

ちょうど満開を迎えた中、羊蹄丸は台場を旅立っていった。




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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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