上野「黒門町」~喫茶店と話芸ゆかりの街


上野広小路へ向かう道

この道は、秋葉原の電気街から上野広小路の方へ進む道・中央通り。

広小路の少し手前、この車が止まっているあたりの左手に、こんな記念の碑が立っている。

喫茶店発祥の地

「喫茶店発祥の地」。

説明を読むと、1888年(明治21年)この地に日本で最初の喫茶店「可否茶館」ができたとある。

碑を建てたのは、コーヒー文化の研究家や、創業者の子孫などで作る「可否茶館記念会」という会だ。


説明

喫茶店の建物は、「200坪の敷地に、5間と8間の二階建ての洋館」というからかなり立派だ。

単にコーヒーを出すだけではなく、
トランプ、玉突き、碁、将棋ができる、
硯に便せんや封筒もある、
更衣室、シャワー室もあり、内外の新聞雑誌なども自由に閲覧できるというもの。


作ったのは

そして、この喫茶店を作った人物が面白い。

あの近松門左衛門の名作「国性爺合戦」の主人公のモデルである鄭成功の弟を先祖に持つという。

鄭成功(1624-1662)は、中国・明の武将でもあった貿易商人と日本人の母との間に長崎県の平戸で生まれた人物。

明の復権を目指し、台湾を拠点に清に抵抗するが、志及ばず38歳で亡くなったという人物だ。

台湾では不屈精神の支柱として、今も高い評価があるという。

その鄭成功の弟が、この人「鄭永慶」の先祖だというのだから、話のスケールが大きい。


しかしこの喫茶店は、4年後に経営が立ち行かず廃業。

その後、アメリカに留学経験のあった鄭永慶はシアトルに渡ったが、2年後に37歳で亡くなった。

シアトルといえばスターバックス・コーヒー発祥の地だ。
これも何かの因縁なのかも。

八代目桂文楽

このあたりの現在の町名は台東区上野1丁目だが、以前は「西黒門町」だった。

黒門とは、かつての寛永寺の総門のこと。
寛永寺の門前町といった意味合いがあったのだろう。

黒門町と聞いて私がすぐ思い浮かべるのは、「黒門町の師匠」と呼ばれた落語の八代目・桂文楽。
戦後最高の名人の一人といわれた人だったが、最後の高座でのエピソードは、今も胸に痛い。

それはウィキペディアに寄れば、こんな話だ。
文楽は、当時78歳だった。

1971年8月31日、(文楽は)国立劇場小劇場で三遊亭圓朝作「大仏餅」を演じることになった。
この日の文楽は、同じところを二度繰り返してしまうなど、異変が目立った。噺の中途、盲目の乞食が本当の出自を明かす決定的な場面の台詞、「あたくしは、芝片門前に住まいおりました……」に続く「神谷幸右衛門…」という台詞をまったく思い出せず、高座の上で絶句した。文楽は土下座すると、消え入るような声で、
「台詞を忘れてしまいました・・」 「申し訳ありません。もう一度・・」 「・・勉強をし直してまいります」
と言い残し、深々と頭を下げて話の途中で高座を降りた。

以降、公式の引退宣言はなかったものの、二度と高座に上がる事はなかった。やがて肝硬変で病院に入院し、同じ年の12月にガンで亡くなった。

落語協会

桂文楽が、当時住んでいたあたりに行ってみた。

文楽の住んでいた家の近くには、落語協会の建物が建っている。
文楽の弟子の五代目柳家小さんが、落語協会会長になった時に土地を購入したのだという。

今、ここの2階は「黒門亭」として、定期的に若手による発表会が行われてる。

大通りからすこし中に入ったところで、人通りはそれほど多くない。

黒門町本牧亭跡

落語協会の建物とは目と鼻の先にあるこのビル。

ここには、日本唯一の講談専門の定席「黒門町本牧亭」が、つい最近まであった。

ネットで調べると、ここで月に数回講談の公演を行い、公演のない時は日本料理・本牧亭として営業していたという。

だが、経営が立ち行かず、平成23年9月で閉場になった。

上野広小路亭

伝統芸を継承し存続させてゆくのは簡単なことではないと思いながら大通りに向かった。

中央通りと春日通りの交差点の角に「上野広小路亭」という寄席があった。

落語協会のライバルで桂歌丸が会長を務める落語芸術協会が、月に15日間公演をするほか、講談、義太夫など様々な公演が行われている。

鈴本演芸場

「上野広小路亭」から、上野駅の方に100メートル余り歩くと、老舗の鈴本演芸場がある。

上野にはこうして寄席が、まだ繁華街に残っている。

しかし最近は、放送で落語、講談、漫談、奇術、紙切りといった昔からの寄席芸を放送することは少ない。従って、出演者の名前を見ても、私が知っている名前はあまりなかった。

加えて、立川談志や三遊亭圓楽が亡くなるなど、落語人気を支えてきた人が亡くなっている。

お笑いがブームになり、お笑い芸人がテレビ・ラジオで活躍しているといっても、それはトークやコント、物まねの一部の芸人たちの話。

落語、講談、そして伝統的な寄席はこれからどうなってゆくのだろうか。

昔のような人気をこれからも持ち続けてゆくことは、決して楽ではないように思える。

花月

そんなことを考えながら、黒門町の近くを歩いていると、店の前に列のあるのを見つけた。
かりんとうを売っているお店だ。

幟には ゆしま「花月」 と書いてある。

調べると、ホームページには「昔ながらの製法を守っている店」と書いてあった。

この店では、昔ながらの味が、こうして多くの人々から支持されているようだ。

「落語、講談、そして寄席芸の数々も、この店に負けずに頑張れ」

そんなふうに思った。
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東京タワーが短くなっているみたいですが?
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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