名店の先代は「鉱物学」の権威



神田須田町の名店

神田須田町に、江戸の香りを色濃く残した名店が、まとまって残る場所がある。

町なかに建てられた地図にも「須田町老舗街」と書いてある。

場所は秋葉原電気街の南、万世橋を渡って西の一角、以前交通博物館があった所の近くだ。

老舗

写真は右から、そばの「やぶそば」、同じくそばの「まつや」、あんこう鍋の「いせ源」。
この他にも、まだいくつかの有名店が集まっている。

このあたりは空襲を免れたため、昔の雰囲気を今に残している。

今日紹介するのは、このお店の先代の主人だ。

ぼたん店舗

鳥すきやきの「ぼたん」。
昭和初期に作られ戦災を免れた建物は、東京都選定歴史的建造物に指定されているという。

ホームページを見ると、「明治30年ごろから鳥すきやき一筋、ガスを使わず備長炭と鉄鍋で昔ながらの味を落とさぬよう心がけています」と書いてある。

因みに、鳥すきやき 一人前で6700円 とのこと。

そして、ここから本題に入る。

ここの御主人だった桜井欽一さんという方が、鉱物学の世界ではその名を知られた有名な人であったというお話だ。

上野の科学博物館の展示を見ていて、そのことを知った。

桜井欽一さん

鉱物の展示室の入り口に、写真入りの、こんな説明があった。

「この部屋では、日本の主な鉱物を桜井鉱物コレクションを中心に展示している。
桜井欽一博士は1912年(明治45)に生まれ、家業の料亭『ぼたん』の経営のかたわら、ほとんど独学で鉱物学を修めながら、標本と情報の収集に努力した。
(中略)桜井鉱物コレクションは日本最大の個人コレクションで、亡くなられた翌年の1994年(平成6)、国立科学博物館に寄贈された」

桜井コレクション

これが、展示室の内部。

国立科学博物館の展示室の大半を個人コレクションで埋めるということは、
コレクションの内容が充実していることを示すものだろう。

鉱物の名前にに姓、名共につけられた

付近に、こんな展示もあった。

「2006年現在、日本人の名前の付いた鉱物は46種類。
そのうち姓と名の両方がつけられている例は、桜井(桜井鉱)欽一(欽一石)先生のみである」という。

日本人の名が

確かに、展示物の中には、「萬次郎鉱」「鈴木石」など、日本人の名前がついたものもあった。

新種の鉱物に名前を付けるとき、多くが産地名と人名だが、人名の場合は鉱物学に貢献した人に限られるとのことだった。

料亭主人と鉱物学博士。

面白い取り合わせだが、こうして、そのコレクションが国立科学博物館に展示されているということは、
その人生が充実していたことを雄弁に物語る何よりの証拠だろう。


鉱物学に全く無知な私にとって、展示物はそれほど興味をひかれるものではなかったが、隕石は面白かった。

隕石

日本ではこれまで約50の隕石が確認されているが、面積との比でいうとその数は多いのだという。
その理由として、人々の隕石に対する関心が深く、昔から神社仏閣に大切に保存されてきたことが考えられるとしている。

鉄みたい

これもその一つ。

私には鉄の塊のように見えた。
重量は173.9キロある。

以前「なんでも鑑定団」の中で、持ちこまれた「隕石」を単なる石と判定した鑑定人が、「本物の隕石だと数百万円から数千万円するものもある」話していたのを覚えている。

お宝を見つけたい方は、ここで本物の隕石を見ることをおススメして、本日はこれにておしまい。




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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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