「二人の銀座」の「みゆき通り」



みゆき通り

山内賢、和泉雅子の歌で昭和41年に大ヒットした曲「二人の銀座」(作詞:永六輔、作曲:ベンチャーズ)
 今聞いても、軽快でとてもいい曲だと思う。
(山内賢さんは、去年の9月に亡くなった。俳優の久保明は実兄、浜田光夫は玉川学園で同級生だったとウィキペディアに書いてあった)

その曲の歌詞のなかに「みゆき通り」という言葉が出てくる。

「みゆき通り」は、築地から銀座4丁目の三越、そして日比谷交差点へと続く「晴海通り」の南側を並行して走る通りの名前だ。

あの歌が流行った頃、「みゆき通り」はアイビールックで決めた「みゆき族」と称される若者が出没する場所として有名だった。

一年中、学生服の私には別世界の出来事だったが、「平凡パンチ」などのグラビアで、よく見た覚えがある。

その「通りの名」は、「明治天皇が当時築地にあった海軍兵学校に行くときに通った」ことに由来しているということを、つい最近知った。

『御幸』とは、平家物語などに出てくる『行幸』と同じ。
広辞苑には「天皇が外出すること」と書いてある。

その「みゆき通り」は、今どんな様子なのか、走りながら写真を撮ってみた。

築地市場

まず、海軍兵学校があった場所に行ってみた。

場所は、築地の中央卸売市場の近く。

中央卸売市場の前を通ると、遠く知床半島の付け根の町・羅臼から魚を積んだトラックが到着していた。

時折、市場近くに止まっている長距離トラックの中で、ドライバーが寝ている姿を見かけることがある。

「遠い道のりをご苦労様、無事故で帰ってね」と声をかけたくなる。

がんセンター

市場の前にあるのは「築地がんセンター」。
日本のがん治療の中核を担う病院だ。

空から見ると、建物がハートの形になっている。

「海軍兵学校」ゆかりの碑は、この病院の敷地の北西の角に建っていた。

海軍兵学寮址

海軍兵学校は、明治9年から21年までの12年間、この地にあった。
その後、海軍兵学校は、瀬戸内海・広島県の江田島に移ることになる。

それでは、ここから「みゆき通り」を走って辿ってみることにしよう。

目指す方向は銀座の方向。

だが、その前に反対側・海の方向を見てみよう。
つまり、「みゆき通り」を銀座の方から来て、海軍兵学校前を通り、そのまま進むとどこへ行くのだろうか。

反対側は波除け神社

その写真がこれだ。

実は、「みゆき通り」は、いつも賑やかな築地の場外市場の通りにつながっていたのだ。

そして、その通りをまっすぐ進むと「波除神社」に突き当たる。
この道は、そこで行き止まりだ。

新喜楽

それでは「みゆき通り」を銀座に向かって走ってみることにしよう。
碑があるところの近く、築地場外市場から道路を渡った角に料亭がある。

芥川賞・直木賞の選考会場にもなる有名な「新喜楽」だ。

新橋演舞場

走り出すと、すぐ左手に、新橋演舞場が見えてくる。

歌舞伎座を建て直している間は、歌舞伎の公演はここで行われている。

ここも「みゆき通り」

銀座からかなり離れているが、ここにも「みゆき通り」との表示がある。

昭和通

そして通りは昭和通りと交差する。
昭和通りは、関東大震災後の復興事業として建設された道路。

当時の後藤新平・東京市長の先見の明で、道路幅がとても広いのが特徴だ。

信号を渡ると、いよいよ銀座の繁華街に入る。

外国ブランド

銀行も、ファッションの店も、横文字が目立つ。

調べてみると、FOXEYは日本のブランド。
John Smedleyはアメリカのブランドだった。

シャネルなど

当時の若者のファッションブランドは、石津謙介の「VAN」が主流だった。

今、通りで見かけるブランドで私が知っているのは「シャネル」だけ。

LOCMAN、BRIONI、DOLCEというのはイタリアのブランドだった。

泰明小学校

そして、外堀通りを超えてさらに直進すると、右側に「泰明小学校」が見えてくる。

明治11年の開校。この建物は、関東大震災後の昭和4年に建てられ、都の歴史的建造物になっている。

門扉は「フランスの貴族の館で使用されていたもの」だという。
とても、素敵な建物だ。

透谷、藤村

そして、校門のところには、「島崎藤村 北村透谷 幼き日ここに学ぶ」と書いた碑がある。

この二人の著名な文学者は、銀座の小学校に通っていたのだった。
二人がここで学んだのは明治10年代のことだった。

終点は日比谷公園

さらに通りに沿って進んでみよう。

JRのガードを過ぎると、左手に帝国ホテルが見えてくる。

さらに直進すると日比谷公園の入り口。ちょうど大噴水があるところだ。

「波除神社」から始まった「みゆき通り」の道はここで行き止まり。

端から端まで、およそ2キロの道のりだった。

二人の銀座

待ち合わせて 歩く銀座
灯ともし頃 恋の銀座
僕と君が映るウインド
肩を寄せて 指をからませ
二人の銀座

ふれあう頬 夜の二人
甘い香り 熱い二人
みゆき通り すずらん通り
何も言わず ときめく胸の
二人の銀座

銀座 二人だけの
星もネオンも 僕と私のもの
夜も更けて 消えたネオン
星空だけ 恋人だけ
ペーブメントに寄りそう影が
かさなる時 初めてのキス
二人の銀座


この歌の舞台は、銀座の中心部の「みゆき通り」のイメージが強い。

でも、長いみゆき通りを端から端まで歩いてみると、様々な歴史を内に秘め、多様な顔を持つ個性的な通りであることを知った。

明治時代初期には、今の数寄屋橋の通りよりこちらがメインストリートだったのかもしれない。

その辺を、今度また調べてみることにしよう。





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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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