昔の「横網」に戻ってほしい

両国駅

JR両国駅。
国技館は駅のすぐ横にある。

横綱像

駅前の通りに3体の力士像があり、像の下には近年の横綱の手形が飾られている。
いかにも両国という風景だ。

線路の下

JRの線路の下に住居表示が見える。

こんな伏線があるのだから、誰もがこの地名を「よこづな」と呼んでしまうに違いない。

ところが残念なことに、この地名は「よこあみ」だ。
江戸時代には、本所横網町と呼ばれていた。

隅田川に遊泳場

先日、スポーツ博物館で「横網」に関連する面白い資料を見かけた。

日本体育会横網遊泳場規則とある。
なんと、横網に遊泳場があったというのだ。

「隅田川で、日本泳法の各流派が水泳を教えていた」との説明がついていた。

この文書の日付は明治45年(1912)6月、ちょうど100年前のものだ。

その内容を簡単に紹介すると、我が国のように4面を海に囲まれ、河川の多い国では遊泳術を身につける必要があり、希望のものは願書を出しなさいと書いてある。

場所は

開くのは7月-8月の2か月間、場所は第22条に次のように書いてある。

「本遊泳場ハ 本所區横網町川筋トス」

地図で見ると

国技館から安田庭園前の隅田川付近に、遊泳場はあったのだろう。

JRの鉄橋付近

遊泳場があったと思われる付近を写真に撮ってみた。
写真・右手の岸あたりだと思う。

今では、とても泳ぐ気にはなれない。

隅田の岸辺を何年も走っているが、これまで澄んだ水を見たことは一度もない。

安田庭園

江戸時代、大名庭園だった「安田庭園」に行ってみた。

「江戸時代は、隅田川から水を引き込んだ『潮入』の池だったが、水質の悪化や、堤防補強に伴って水門は閉じられた」と説明板に書いてあった。

隅田川手すり

「百年河清を俟つ」という言葉がある。

「常に黄土で濁っている黄河の水が澄むのを待つ」、即ち「いつまで待っても実現する当てのないこと」のたとえだ。

しかし、100年前の隅田川には泳げる環境があったと、この文書は語っている。

「百年河清を俟つ」譬えはあたらないのだ。

昔の横網町の水の色を、いつか、というよりなるべく早く取り戻してほしいものだと思う。

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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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